あくびさんのブログ

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世の中で良くある看護師目指した理由。私には全くなかった。むしろ私の中の看護師は最悪。その理由は、私が高校1年生のときいわゆる盲腸になり手術を受けたとき夜にトイレに行きたくなりてナースコールを押した。するとその日の夜勤の看護師は、『歩いて行っていいからね』と言い残し起こしてもくれず行ってしまった(・・;)「起きれないから呼んだのに」と呟いたがその声は届かず、同室にいた明らかに私より痩せ細ったおばあちゃんが「私が手伝ってあげるからね」と。それは無理と思った私は力を振り絞り痛みをこらえ何とか自力で起きた!泣けるくらい辛かった!なんて思いでがあり看護師はだめ職業と私は認識していた。

高校3年になり進路を決める時に母に勧められなりたい仕事も特に決まらなかった私は看護師の道に進んだ。

看護学生と仕事の両立はかなりきついものだった。それでもやめるという選択肢は許されずやり切るしかなかった。

そしてやっと看護師になることができた!

看護師になったはいいが現場の先輩はとても厳しく毎日毎日泣きながらの日々だった。体重は一ヶ月で8キロ減り2ヶ月目には胃潰瘍になった。やめたいしかなかった。そんな中ある患者さんに出会った。

その人は喉にチューブが入り人工呼吸器を付けていた。ある日その人が呼吸器の蛇腹の位置を直してほしいと手ぶりで伝えてきた。私は「こっちですか?」「えっもう少し右?」と聞きながら位置を動かした。なかなか決まらず15分かけて何とか良い位置にすることができた。やっとできたが患者さんは疲れた様子で「下手ですみません。次は頑張るので」と私は伝えた。翌日から私は毎日その人の部屋へ通い「今日もやらせてくださいね」と声をかけ通い続けた。そして10日間やり続けた頃からコツがつかめて少し動かすだけでできるようになった。「ありがとう。上手くなったね」と患者さんに文字盤でお礼を言われた。私はうれしくて患者さんの前で泣いてしまった。その後もその患者さんは直してほしいときは私を呼んでほしいと指名してくれるほどだったので朝晩その人のところへ通うのが日課となっていた。辛い日々の中で唯一の癒しの場所だった。出会って3ヶ月後その患者さんは旅立った。初めて心通わせた患者さんとのお別れ。忘れられない出会いとのお別れになった。