或時或処にて想う。

 

 65年馬齢を重ねて、人の世・人生について、それなりに判るようになったことがあります。

 貯金した努力には実力の利息がつく。浪費した才能には挫折の債務がつく。

 

 だからこれから世に出ていく君には、マンテン主義で生きてほしいと思う。マンテンというのは百点満点の“満点”です。でも、“百点とらなあかん”という意味ではない。神様からみたら50点、30点かもしれない。他人の目から見たら70点かも知れません。けれど、その70点の能力を百パーセントまで出し切る。能力を限度一杯に活かす。それで明日は71点になるよう今を頑張ろうやないか。その精一杯の努力が“満点”なんです。

 

 そして、もし、もしどうしても雨が止むまで待てないとき、明けるまで夜を待てないときは、此処へ帰ってきて翼を休め、もう一度や羽ばたきなおしたらいい。ここには君の仲間がいるのだから。

 

おめでとう。

 

 

 

 

 年末に近づくと喪中欠礼の葉書が届く。 今年のその中に、T君があった。 奥様から、今年の5月とのこと。 暫く目が離せない。 頭の中で或りし日の事がグルグル回るということは本当にあったのだなぁ。

 3時間掛けて気仙沼に行ったとき、なんやかや、やたらと話したっけ。内容は全く覚えてないけどすごく楽しかった。 販売店の勉強会や展示会のブースでもいつも一緒だった。 彼の車ラジオでは、夕方いつも「小沢正一的ココロ」にチャンネルを合わせていた。 大型コンピュータを持っている企業にメモリーテープ販売を制覇するための、東北全地域の金融機関・計算センター・公官庁等へのアプローチ。二人で殆ど飛び込み営業できつかったけれど、それも君となら楽しかった。

 ズボンに蜂が入っていたのを知らずに履いてから、1キロ先の蜂のは羽音にも反応するようになった。背はあまり高くなく、学生時代の柔道・アメラグのおかげで猪首、がっしり肩の胸厚。今日日の眉目秀麗顔というのではないけれど男らしい目元口元で、女性にも男性にも皆にモテていたよね。

 僕より2歳下だったと思う。賀状の交換はつづいていたけれど、10年くらい会ってない。もう一度会いたかったなぁ。馬鹿話をしたかったなぁ。

                                合掌 

 

 

 中村先生(祥平塾)から、合気道の稽古は「機(タイミング)・度(力加減)・間(間合)」を意識しながら行うことが上達の胆と教わった。

 

◆「機」:技を掛けるタイミングを測ること。よくあるのが、転換して受を回し導くときに、未だ受が回りきってないのに技に入ろうとする場合がある。もう1テンポ待てばスムーズに技が決まるのに、早すぎて寸詰まってしまったりする。 折角受が崩れているのに技の入りが遅くて、受が持ち直してしまい技が掛からなくなってしまったり。 要は自分の動きにのみ関心が行っていて双方がどういう状態なのかを見ていないということなのだろう。

 

◆「度」:受取二人で相対稽古をするに際し、当然乍ら彼我の実力には差があるのだから、その差に応じて力を加減しながら稽古をすることも大事。彼が初心者ならば、小さな力で彼を導くように動いたり、実力に差がなければ全力の力で対応したりする。そういうことで互いに有効で楽しい稽古ができる。

 

◆「間」:技のやり取りをする場合には、常に相手との距離感や角度などの位置関係を気にすること。同じ四方投げでも、片手持ちからの場合と突きに対処する場合とでは、受取の距離や身体の位置/角度は異なるものだ。

 

言われてみればその通り。意識しないと、知らず疎かになっていたような気がする。これは”合気道の稽古”を”日常生活”に読み替えても同じことと気が付いた。反省した。

                               怱々

 

 

寒月に 戦車(いくさぐるま)の 夜光杯

 

 ウクライナやガザの戦争が一刻も早く終結しますように

或時或処で考えた。

 合気道の稽古と書体の上達には似たところがあるようだ。

 

 初心者の頃。ひとつひとつの技を、一動作ごとに順番に動いて覚えていく。これは楷書体のように横棒、縦棒、止め、跳ねなどを一筆ずつ丁寧に書いていく。そうしないと何という文字を書いているのか判らない。技の方は掛からない。

 

 上達してくると(黒帯になった頃かな)行書体。一筆ずつだったのを繋げて書いたり、直線だったところを若干丸みを持たせたり、角度を付けたり。技は流れるようにスムーズになり、綺麗で無理なく掛かるようになってくる。

 

 そして名人達者は草書体。初心者の時のような一角ずつのような概念は無くなって、右左、前後に捕らわれることなく、場合によっては省略もしてしまって、一筆書きで全体をいっきに書いて技を進める。あれよあれよと思う間に技が極まっている。何が書いてあるか判らないように、何がどうなって技が掛かってしまっているのか判らないところも似ている。

                                  怱々

 

或時或処で。

 

 先月郵送済みの請求書、「届いてない。」とのことで売上金の回収ができなかった。仕方ないので帰社後に再郵送。翌月に再集金に行くも、また「届いてない」。変だな、と思いつつも「請求書がないと支払い手形は切れない。」との言で諦めざるを得ない。

 

 通常は月に1回の秋田出張だけど、今回はとんぼ返り出張を増やして請求書を手渡し。これで請求書の紛失は完璧に防げた筈。

 そして次月の請求書回収訪問。件の商品(事務機器)は売れなかったので返品するから持って帰るようにとのこと。件の商品は開封され使用されていたのだが一切の斟酌なし。

 

 当該KO社は秋田県内の大手事務機卸であり、秋田県進出のため新ルートを構築したい我々にとって大きく期待していたが、のっけから躓いてしまった形となった。

 

 上記やりとりの最中にKO社主催の新春見本市が開催され我々も参加した。多くの業者がブースを構える中、休み時間などに業者間で情報交換が行われることも珍しくない。

 聞くともなしに聞いていると、KO社の金払いの悪さが話題に上る。請求書未着は初歩。使用しまくった機器の返品もザラ。支払い時に勝手に減額、など。どうやら我々もそのやり方に完全に嵌ってしまったようだ。

 居丈高なKO社員もあり、各業者担当者からの好意度は低く、取引中止のタイミングを見ているところも少なからずある。悪評千里を走る。業者間情報恐るべし。

 

 我々も件の商品返品を最後に、KO社とは前入金取引のみに限定し、KO社を通した秋田県進出は見送り、別ルートの開発に主軸を移すように方針転換をした次第。

 

 そして数年を経たときにはKO社は市場から退場。納入業者虐めがわが身にブーメランした結果と思う。商売においては、ゆめ不義理をしないこと、業者虐めをしないことが肝要と思った次第。

                            怱々

或時或処で。

 

 好きな別れの詩、3句。

 先ずは井伏鱒二の名訳。情景が浮かび、どうしようもない寂しさにも思いが馳せる。

コノサカヅキヲ受ケテクレ

ドウゾナミナミツガシテオクレ

ハナニアラシノタトヘモアルゾ

「サヨナラ」ダケガ人生ダ

                          

 上句を受けての詩と思う。寺山修司の「幸福が遠すぎたら」。本当の心の声だろう。

さよならだけが人生ならば
また来る春は何だろう 
はるかなはるかな地の果てに
咲いている野の百合何だろう

さよならだけが人生ならば
めぐりあう日は何だろう 
やさしいやさしい夕焼と
ふたりの愛はなんだろう

さよならだけが人生ならば
建てたわが家は何だろう 
さみしいさみしい平原に
ともす灯りは何だろう

さよならだけが人生ならば 
人生なんかいりません

                             

 最後に「薩摩いろは歌」の中から。残された時間、僕はこうありたいのです。

       遁るまじ所をかねて思いきれ 時に至りて涼しかるべし                             

                               怱々

 

 

 

或時或処のおはなし。

 

「わぁ〜。すっごい。こんな素敵なところなのね。」

はるちゃんが喜んでくれた。秋晴れのほど暖かい日。掃いた雲が抜けるような青空に数片。飛行機雲が東から西に随分と長く太く一筋続いている。


 恥ずかしながら、還暦をとっくに超えて初めて古墳なるものにきてみた。古墳と言えば、なんとなくフェンスで囲まれたりしていて、周囲から小高い丘を眺めるだけかと思っていたんだけど、こちらはしっかり公園化されていて、頂上まで登ってみることができる。

 雷神山古墳。名取市(仙台市の南隣)のほぼ中央、奥州山脈から連なる愛島丘陵の東端。東に仙台平野が広がって、その向こうに太平洋。前方後円墳。社会の教科書でしか見たことが無かったけど。すこし感動。

 

 初めて認識したんだけど、前の方が四角いのね。後ろが丸い。名前の通りだけど、鍵穴に似てるせいか、なんとなく勝手に丸い方が上、つまり前の方だと思っていた。絵を描くと今までなら確実に丸を上に描いてたな。今日からは気を付けよう。これも初めて知ったけど、丸い方が少し高い。丸い方の頂上に立って前を見ると、船の操縦席から前甲板を見下ろしているようじゃないか。

 

 頂上に小さな祠があって、雷神様が祀られている。これが名前の由来。4世紀末頃に作られたということなので、応神天皇、仁徳天皇、倭の五王あたりかな。ヤマト王権が倭を統一した頃というけど、どうやら北限がここ宮城県中央部分らしい。以北は蝦夷の勢力圏。まつろわぬ人々の世界だった。

 

 だいたい僕は、前方後円墳なんて関西地区に限られると思っていたけど大きな間違いでした。その中で、ここ雷神山古墳は168メートルもあって東北一、関東以北でも最大規模の一つ。登ったり散歩したり、手触り感が嬉しい。
 

 名取市がしっかり管理しているので、市民が憩える素敵な公園になっている。椿の壁や桜並木もあって、花の季節には賑わうことだろうな。遠くに仙台空港から飛び立つ飛行機を望めるのもいとおかし。

                                怱々

 

或時或処のおはなし。

 

 デジタルカメラが世に出た走りの頃。僕は建築現場で働いていた。ビルの新築やリフォームで給排水管や空調設備の、所謂、空調衛生工事だ。

 現場では僕の空調衛生工事だけでなく、本体そのものの建設、電気工事や左官工事、様々の作業の度に写真を撮影している。土を掘り下げて配管を繋げたところに、小さな黒板と一緒にパチリ。 左官さんが壁を塗り上げたところ、ダクトに吹き出しを取り付けたところ等々。 特に埋め戻したりして工事完了後には外から見えなくなってしまう処等は撮影が必須となる。発注者への報告と万一のトラブル発生時の証拠ともなる欠かせない撮影だ。

 

 さてこの撮影。 当然フィルムカメラで撮るのだが、24枚撮り、36枚撮りのフィルムを現像してプリントする。ビルが建っちまって、全行程完了した後に現像するなんて筈もなく(だってプリントを確認して、も少し手を入れなければならないなんてなったときに、もう埋めちゃってできません、なんてありえないでしょ)当然、数枚、場合によってはフィルムの半分以上を使わないままに現像しなけらばならないこともある。現像料金はフィルム一本毎の価格なので、何枚パチリやっていても同額となる。

 

 そこで、現場にデジカメを導入しフィルム現像の無駄を省いたらコズトダウンになって良いよね、と雇い主の専務に専務に提案したことがあった。 エルボー一個、アングル一本にも目を配る、大変コズトに厳しい専務なので、諸手を挙げて喜んでくれるはずと思っていたのだが。

「その提案は却下。時が流て違う時代になったら変わるかもしれないが、今は駄目だ。 現場の士気にかかわるからだ。 いいか狂介、机の上の帳面面なら確かに言う通りだろう。しかし、どんな時でもどんな仕事でも、ヒトなんだ。ヒトが働く以上、その士気を低下させたくないんだ。士気が高い方が結局業績も伸びるし、だいいち働いて楽しいじゃないか。」

 

 現場では、フィルムの余ったその部分を使って、子供の写真を撮ったり、家族のお出かけの撮影をするケースがままあった。 フィルム代や現像代がまだまだ高かった時代だし、現場で働いている人にとっては一寸した役得になっていた。 こんなとこまで管理するのかよ、との気持ちが湧くこともあるだろう。

「車の運転と同じだよ。少しは遊びがないと組織は上手くいかないもんだ。」

 

 最近の風潮として、この『士気』というものへのフォーカスが減っているように思うのは僕だけだろうか。 机上の計算だけで賢しらな考え方を恥じた経験でした。

                              怱々

 

 

 

或時或処のおはなし。

 

 ”コシヒカリ” ブランド米の先駆けともなった品種ですね。福井県で開発され新潟県で大きく羽ばたいたお米で、今では全国至る所で生産されています。今回はその普及にFF社が一役担ったというおはなし。多分に伝聞が多いので、そこは割り引いて読んでくださいませ。

 

 このコシヒカリ、たいへん美味なので作付面積も急拡大が期待されていたが、思うに任せずかなり困っていた。というのも肥料を止める時期の見極めが難しかったから。早すぎれば当然実の付きが悪いし、遅すぎれば茎が伸びすぎて倒れてしまう。大風なぞが吹くと、てきめんにアウトとなってしまう。

 肥料を止めるタイミングを葉の緑色の具合で判断するのだが、試験場では上手く判っても、実際に稲を育てる農家の方々に緑色の具合をどうやって伝えるたら良いか、困り果ててしまったそうだ。

 

 そこで相談を受けたFF社の登場。世界に冠たるフイルムメーカー、色の事ならお任せあれ、と二つ返事。薄い緑から淡い緑、鮮やかな緑、濃い緑へと緑のグラデーションをカード大の大きさにプリントした ”グリーンスケール” を開発した。

 肥料の止め時の色のところに印を付ければ、試験場のノウハウが正しく農家に伝わる。農協が各農家にこのグリーンスケールを配って、安心して作付けを勧めることでコシヒカリは一気にその地位と量を確立させることができた。以後、コシヒカリに端を発して、”あきたこまち” ”ひとめぼれ” ”どまんなか” 等々の美味しいお米が各地でつくられていくことになる。FF社の技術が見事に世の中に貢献できました、との一幕です。パチパチ。

 

 さてFF社、グリーンスケールが成功したことを持ってAG部なる新規部門を立ち上げました。アグリカルチャー部。今年グリーンスケールが1万枚(数字は適当です)売れたんだから来年は1.5万枚、再来年は3万枚・・・。こいつはポートフォリオマップの花形じゃ、とか思ったんですね。 でも、1年で解散。 理由。各農家では毎年田植えの度にグリーンスケールを買い替える訳じゃないからね。1枚あったら色が褪せるまで数年使えるし、その間に丁度良い緑色の具合は熟知できちゃいますもんね。

 残念!! という一幕もありましたとさ。

 

 でも、本当に残念だったのはAG部を1年で解散しちゃったこと。グリーンスケールの需要はなくなったとしても、他の商品を開発して売れば良かったんです。名にし負う世界屈指の化学メーカー。なんぼでも役に立つ製品を開発可能(本当です)。そして大事なことは、今まで農業界には流通コンタクトができてなかったこと。グリーンスケールを突っ付きとして流通網を構築すれば、様々な製品を供給できる未来が開けたのにね。勿体ないね。

                                怱々