まるで
恋人同士のように絡まっている
琥珀にくるまれた二匹の羽虫を
手に取る

組織のつま先である
片田舎の現場仕事で得られる
悲喜の繰り返しが
地層のように表面に降り積もった手で
琥珀にくるまれた二匹の羽虫を
手に取る
思いを致しても
僕の手に降り積もった地層のことには
目もくれず眠っている

まるで
恋人同士のように絡まっている
琥珀にくるまれた二匹の羽虫は
膨大な時を内に抱えて
今もなお何にも目をくれずに
現在進行形で眠っている
 
  
バス停の向かい側には
地形に従順に上り坂を描く車道に沿って
注文住宅が並んでいる
バス停のすぐ隣には
猫の額ほどの児童公園があって
小学校に通い始めた頃の男の子らが
ボールを蹴って遊んでいる

親父が帰ってくるには
まだまだ まだまだ 早い時刻

陰口にも負けず
後ろ指にも負けず
誘惑をはねのけるだけの
丈夫な精神構造を持ち
あらゆる人付き合いを取り込み
そして静かに笑っている
めいめいに高みを得た者たちが
ここで育む人となっている
昔話でしか連帯できない
断絶亀裂の三十代

水面が夕景に輝くのは
ちょうど帰宅する頃となった
じっと待ってくれる人がいることだけを
意図的に再確認をしながら
バスを降りた



近況:
引っ越しました。もう京都には住んでいません。
 
想像してみようじゃないか
街のアチラコチラに
蚕糸で出来たようなのっぺりした壁の
純白に統一された巨大な箱がある風景
箱の中には人が住む
利口ではないかもしれないが
すべての害毒や悪意から解放された存在
神が作りし存在
箱の鍵を持つ特定の人間が
箱の中と外を行き来する
箱の側壁には小さな出窓がついていて
箱の中の人々にとっては 唯一彩色を認識できる場所

街の人は箱の中に人が住むことを知っている
同時に最大幸福のために彼らが箱の中に居るべきと認識している
箱の鍵を持つ人々は特別視される
箱の鍵を持つ人々には資格が与えられ厳格な教育が施される
箱の中の人々は箱の鍵を持つ人間の庇護の下
相変わらず害毒や悪意とは無縁の生活を送っていた

さらに時が過ぎて
箱の中の人々にも箱の外の情報が噂話として集積されるようになった
箱の鍵を持つ人々は箱の中の人々の熱狂に耐えかねるようになった
箱の中の人々は自らも箱の外の人々同様の権利を主張し始めたのである
箱の鍵を持つ人々は共に怒り狂った
箱の鍵を持つことで箱の中の人々の怨念を一心に受けていたから
箱のすぐ内外で同時に蜂起が始まった
箱の外の人々は遠巻きから見つめるだけで
革命はほぼ無血で成就したのである

かくして箱の中の人々は箱の外に出た
害毒や悪意とは無縁の生活を送っていた彼らは
箱の外の世界でも同様の権利があると思い込みながら
結果的には箱の外を放浪するほかはなかった
箱の中の人々の挨拶は箱の外では無視され
箱の外では訪問お断りの案内札が飛ぶように売れた
箱の中の人々は他人の役に立つことを最善と認識していたがこれがアダになった
心ある人々が騒ぎ立てた結果
直接的に拒否することでのトラブルが箱の外で忌避されたので
箱の外の人々は箱の中の人々に仕事を与えて
合法的な労働契約のもとに利用しそして放逐したのである

箱の中の人々は思い知った
自分たちはあまりにも虚弱で世間知らずだと
元通り 箱の鍵を持つ人間の手に引かれたい
元通り 白い箱の中で害毒と悪意から引き離されて暮らしたい
しかし 白い箱の鍵は壊されて箱は有名無実化していた
箱の鍵を持っていた人々も鍵を放り投げて逐電していた
探し当てた 昔のままの白い箱も足を踏み入れてみれば
そこはただ白いだけの闇! 白いだけの害毒! 白いだけの悪意!
箱の中の人々はただただ叫んで逃げまとう!
ただただ泣き喚いてうずくまる!
ただただ都市公園の森の中に固まり暮らす!
ただただ感情的に箱の外の人々に石を投げる!
それでもなお 箱の外の人々は彼らには無関心で
都合良く利用し放逐し 慰み者にするだけ

街のアチラコチラに
蚕糸で出来たようなのっぺりした壁の
純白に統一された巨大な箱がある風景
五十代の上司が酒を飲んで
二十代の部下に話して聞かせる風景
いい時代だったと嘆息する上司に
部下たちが否応なく頷かされる風景
もはや 過去でしかない風景