矢田寺を出て、大和郡山の町なかに戻ります。
次の目的地は郡山城跡です。
その前にランチを頂きましたが、ランチの記事は後にします。
ランチを食べたお店の前からお城の建物の一部が見えました。
東隅櫓です。
道の向こうに見えるのは近鉄電車の線路です。
踏切を渡って中に入っていきます。
内堀内の城跡への入り口は、この柳澤神社から。
(他にも入り口はあります)
お堀を渡って中に入ります。
柳澤神社の手水舎
こちらが柳澤神社の本殿です。
江戸時代中期の享保9年(1724)柳澤吉里が甲府から国替により入部して以来、
郡山は明治維新まで140年あまり柳澤家のもとで安定した藩政が行われました。
柳澤神社は、旧藩士等の手によって1880年(明治13年)に創建されました。
御祭神は、吉里の父で五代将軍徳川綱吉の側用人として江戸幕府中枢で
活躍した柳澤吉保公です。
比較的新しい狛犬さんです。
大正十一年となっています。
内部はきれいな絵馬が飾られていました。
郡山城天守台は、築城から400年以上が経過し、
天守台の石垣は変位、変形、破損が進み、崩落する危険が生じたために
天守台への立ち入りが禁止されていました。
こうした状況の下、安全に天守台登り、郡山城の歴史的な
景観や奈良の原風景の眺望を享受できるように、
天守台石垣の修理と施設の修景を行い、展望の場所、
視点場を整備することになり、2013年度から2016年度の
4か年にわたって石垣の修復と展望施設の整備事業が行われ、
2017年3月に完成しました。
ボランティアガイドさんがいて、詳しく説明してくれました。
石垣には石仏や墓石など色々な石が使われています。
中でも有名なのはこの逆さ地蔵
さかさまになっていますね。
ちょっとかわいそう。
上に上がってみましょう~。
展望施設からは、大和郡山のまちなみの他、若草山から三輪山のやまなみと、
平城京大極殿・薬師寺などの史跡など、奈良盆地を一望することができます。
中央に見える建物は、城址会館です。
手前のパラソルが並んでいるのはカフェです。
右手の青銅の屋根は柳澤神社です。
上には礎石の跡などがあります。
柳澤神社とご神木
橋を渡って、柳澤文庫方面に戻ります。
石塔が並んでいるところがありました。
寄せ集め塔
確かに。
この隣に両面石仏があります。これを見たかったのです。
首から上が欠落していて残念です。
この地蔵尊の裏面が・・・
閻魔大王の十王の一人、泰山府君が刻まれています。
向かって左に金棒を持つ鬼、右は従者だそうです。
鎌倉時代後期のものと言われています。
カフェの近くからお城方面を見るとこんな感じです。
追手門
追手門は、市民活動により、豊臣秀長の増築当時に近い形で
昭和58年(1983年)に復元されたもの。
続いて追手向櫓・多聞櫓・追手東隅櫓などが
昭和62年(1987年)にかけて復元され、
往時の姿を偲ぶ事ができます。
カラフルな金魚のマンホール
大和郡山は金魚の産地でもあります。
では、町巡りへ。