流産から前向きに〜もう一度貴方に会う為に〜

流産から前向きに〜もう一度貴方に会う為に〜

2012年4月 2人目妊活の為、不妊治療開始
2012年6月妊娠しましたが化学流産
2014年2月妊娠反応…しかし胎嚢を見る事なく
2014年3月12日 進行性流産になりました。
2014年11月 妊娠→2015年8月15日午後21時07分3340gの元気な男の子出産

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ずっとしようと思ってた出産レポ。
ずいぶん遅くなり記憶もチョット曖昧になってしまったけど憶えてるうちに記録に残しておきたいと思いますニコニコ

8/10  旦那と娘がプールに行った後、私も身支度を始めてました。その時サーと生温かいものが多量に足をつたいました。
「破水だ!」直ぐにタクシーで病院へ。
結果、破水ではなく取り敢えず一晩入院。何事もなく次の日いったん自宅に戻りました。
8/11出産予定日   妊婦健診最終日。
Dr.より「だいぶ開いてきてるけどまだまだかな~」と今週まで何もなければ月曜に促進入院との事。ビビりの私はその日夕方、娘と近所を散歩。オロナミンCを飲み就寝。夜は何もなく過ぎる。

8/12  朝6時おしるし。「やった~もう直ぐ赤ちゃんに会える」と旦那に報告。
その後、ちょくちょく痛みは出始めるも不規則。まだ我慢できる為、前駆かな~と余裕こいて過ごす。おしるしは続く。

8/13  前夜から続いていた痛みが10時頃ピタッとなくなる。そして夜再び痛み再開するも不規則。

8/14  日中相変わらず痛み続くも何とか動ける。しかし夜になり痛みは増し眠れなくなる。旦那に泣きついたりしてるくせに、まだ病院に電話するか迷ってる。電話しても結局病院には行かず。

8/15  朝から痛み。横になると更に痛みは増し午後からは便意を度々感じ始めトイレに行きいきむと腰に激痛感じ始める。
とうとう病院に電話→到着し内診で既に子宮口6~7cm開口。「今晩中に産まれるね~あのまま自宅に居たら自宅出産してたよ」と半ば呆れた助産師さん。
その後はあれよあれよと分娩室に移動。いったん間隔があいたので病院内を散歩し夕飯を食べ再び分娩台へ。
それから早かったです。あっという間に破水し子宮口全開。トータル7時間で出産しましたウインク
私が2ヶ月たった今でも強烈に憶えてるのは陣痛の痛みより子宮口全開になるまでの助産師さんの子宮口グリグリ攻撃。コレかなり痛かったです笑い泣き
「痛いよ~」と泣いてました。
もうひとつは全開になりいきむ時。
これも正直死ぬかと思いました。
痛みは1分間隔ぐらいで押し寄せ痛みが来たと思ったらいきむ。助産師さんが子宮口を何やらしてる感じ。これもまた痛い。それと同時にDr.はお腹を目一杯押す押す。それでも息子は中々でてくれない。どうも骨盤の形が悪かったみたいでそこに息子の頭が引っかかり会陰切開しても中々でれなかった様です。そのうち意識朦朧、酸素マスクつけられながらも頑張りました。
そして何とか21時07分  3348gで元気に産まれて来てくれましたおねがい
産まれた後の会陰切開の縫合何気に痛かったのを憶えてます。そして私はというと何故か独り言をブツブツ言ってました。
自分でも今思い出したらかなり恥ずかしいです。その独り言は処置が終わってからも続き1人分娩台に残された後も続いてた記憶がありますアセアセ
アレは何だったんだろ~と2ヶ月たった今でも分かりませんあせる気持ちがハイになってたのか。
出産という大仕事を終え病院のスタッフさんにも全ての洗いざらいの自分の姿を見せた事で恥ずかしさも何もその時はなかったのかなあせる
結局、希望してた旦那立会いも何故か出来ずに終わりそれがチョット心残りですが息子が無事に産まれてきてくれただけで本当に感謝ですキラキラ

以上が私の出産レポです。
記憶が薄れつつある中どうにかまとめる事ができ良かったです照れ

また写真なんかもチョクチョク載せれたらと思いますドキドキ

では、また~パー