①雑誌-女性向け(婦人世界)


今日ご紹介する雑誌は「婦人世界」(明治39年創刊)です。当館には夢二が携わったものが37冊所蔵されています。この挿絵に書かれた文章も夢二が書いたものです。絵で詩を書き、詩で絵を描いた夢二は絵で表現しきれないことを文章で、文章だけで表現できないものを絵で表現しています。文章と絵が互いに助け合い補い合う仕事、これが挿絵。夢二は挿絵画家としてその本領を発揮しています。そんな思い出ここに添えられた文章を、少し長くなりますが、ご紹介しますのでお読みになってください。


「婦人世界」 大正13年 5月号

アンパイア

「まあNさん訊いて下さい」


S夫人は、あるカフェの一室で良人の親友Nに話すのであった。


「かうなんですよ。あたし先月すこし身体の具合がよくなかったもの

ですから、保養かたがた一週間ほどの予定で、里へゆきましたの。

Nさんは御存じでしたね。里は、ここから汽車で一時間半ばかりのK

町なんです。親といふものは、いつの時代になっても馬鹿なもので

わね。わたしが娘の頃好きだったくるみ餅を毎日のやうについて

食べさせるんです。あたしはまた家のことが気になって、女中一人

ではこの人が」さう言って、良人のSの方を顧みながら「どんなにか、

不自由でせうと思って、里に三晩寝て、あたし大急ぎで帰って来た

んですの。するとこの人の挨拶がどうでせう。馬鹿に早かったね、で

すって。まるであたしが邪魔者だったやうに。これが三年も連添って

いた良人が、妻にいふ言葉でせうか。あたし本当は、よく帰ってくれ

たね、と言って貰ひたかったんです。Nさんあなたそうお思ひになっ

て?」


Nは黙って笑っていた。


「俺にすりあ、三年も連添った女が、どうしてまた俺の言葉の気合

(ニュアンス)を、わかってくれないかと言いたくなるんだよ。身体も

悪いんだし、もっとゆっくり保養してくればよかったのに、といふ愛情

をこめて言ったつもりなんだがね。N君笑ってるね。君は独身だから

この心持は解ってくれまいが、これが新婚当時の事だったら、こんな

に相方で誤解しないですんだのかも知れない。もっと単純に素直に

受入れたのだと思ふよ。つまり長い夫婦生活が、互の利己主義(エ

ゴイズム)を助長させたんだね。この調子でゆくと、夫婦生活は互に

誤魔化し合うか、喧嘩ばかりしているか、どっちかして日を暮すこと

になりさうだね。おい、まあここで喧嘩するのは止さう、家の外だか

らね」


S夫人は、眼を光らせたが、さすがに何も言はなかった。アンパイア

のN氏は、黙って冷たい紅茶をのんだ。


竹久夢二


夢二は絵だけでなく、このように優れた文章も書いています。当時の読者はこれを読んでどんなことを感じたのでしょうか。なかなかおもしろいものです。


明日も引き続き女性向け雑誌をご紹介します。