平成元年夏、夢二研究家長田幹雄先生から一通の手紙が届きました。その書簡には「相談したいことがあるから拙宅までおいで願いたい」とありました。日を置かずして先生のお宅を訪問しますと、夢二の代表作「黒船屋」をはじめ、すべての資料をこちらに寄贈したい、ということだったのです。驚きました。
今回は黒船館建設のお話ですので、そのときのいきさつは追って書きたいと思います。でも、夢二黒船館建設の計画はそこからはじまったのです。
寄贈して頂いた「黒船屋」をどのように展示し、どのように後世に残すか様々な角度から考えを巡らしました。企画構想に5年間かけ、設計に取り掛かり、工事を完成したのは平成7年10月のことでした。振り返ってみますと着想から完成までなんと7年もの歳月を要した訳です。
はじめに館長を中心とする建設準備委員会を設置し、そのメンバーは事務局長木暮宏明、事務局原沢とよこ、設計は信建築設計事務所・担当武田悟氏、施工は津久井工務店・監督小針秀喜氏でした。ミーティングは月1回行ないました。
夢二の仕事は「急速に西洋化が進む中で日本の伝統をしっかり踏まえたもの」と捉え、建物は鉄筋3階建て外観は洋風ですが、基本理念として茶道の心を現代に展開した美術館の建設を目指しました。庭を整備し、つくばいを置き、心と体を清めて入る異空間の創設を考え、そこは日常生活の煩雑さから開放される別世界が展開されるようにしました。
その目的を達成するために私は次のような要望を出しました。
1.建物の窓、建具などはスチールサッシを使わず、
すべて木製の無垢で仕上げること。
2.展示空間に生活の香り、色、灯り、音を取り入れ、
懐石料理が一品一品美しい器に盛られて出される
ような展示空間。
3.今の技術で出来ない物はアンティークの素材を出
来るだけ利用し、特に照明器具は和物を中心に。
4.ゆったりとした吹き抜けのある玄関。
5.「黒船屋」を展示するための特別な日本間。
6.解説、視聴覚、ホームコンサートなど出来る小ホー
ル。
7.夢二資料以外の企画展示室設置。
8.展示室の中の喫茶コーナー。
9.楽しいミュージアムショップの併設等。
2階の「夢のプロムナード」は、書斎、食堂、居間、休憩室など6つの展示室で構成されており、それぞれに生活の香りを十分に取り入れています。一つ一つの部屋は中央の吹き抜けを囲み、回廊のようにつながっていますので、「夢のプロムナード」と名づけました。
3階は「八夢窓」、「蔵座敷」、「港屋サロン」の3室で構成。「八夢窓」は「蔵座敷」に入る前の前室で、フルコースのお食事の場合、メインディッシュの前に口直しとして出るシャーベットのようなもので、そこで気分転換をして、また夢二の世界へ入るといった役割を果たすものです。8つのくくられた展示ケースを持ち、夢二資料以外のものが時折展示替えされます。
「蔵座敷」(事前の予約が必要)はこの館のクライマックス、お茶の心を取り入れた現代の室内芸能の世界です。中に入ると入り口は閉ざされ、限られた人数の亭主と客だけになります。お茶室は日本古来の最高の美術サロンです。ここにはその心が生かされています。部屋の広さ、書院窓、建具、照明、調度品など夢二の絵に合うよう工夫し、静かな空間を創設しました。床の間をしつらえ、ここに絵を飾り、花を添える、「蔵座敷」は客と亭主が夢二の作品を囲んで語り合う茶室のような空間です。客が立ち去るとき、亭主は静かに見送り、余情残心がかもし出されます。
「黒船屋」は毎年9月16日(夢二の誕生日)を中心に前後2週間一般公開(事前の予約が必要)。それ以外は季節にちなんだ作品が1ヶ月おきに展示替えされます。
続きはまた次回…。