ようやく時間が出来て、Netflixタイム。

時間が出来て一番最初に観たいものはドキュメンタリーなんだなあ。自分にとってプライオリティの高いジャンルになっていることを痛感する。


カニエ3部作。一部約90分くらいのものが3本。まさに3部作、その三幕構成は見事だ。もうたまげた。私は音楽のことには疎いのだが、ベストオブベストの素晴らしいドキュメンタリーだと感じた。


監督のクーディーはまだブレイクしていないカニエの才能に気づき、彼を撮るべきだと思って密着するようになる。それは仕事というよりは友人関係の距離感で。


カニエは表舞台に立つ前は音楽プロデューサーとして、言わば裏方にいる存在なのだけど、ずっとラップのことを考えていて、フレーズが出てきたり、リリックをどんどん考えたりとやっぱり裏方でとどまるのはどう考えてもおかしいというくらいに、その才能が溢れている。それをビデオはしっかり捉えている。凄い、凄いわ。我々はカニエというスーパースターの売れる前の映像を見ているが、まずそれをこのような形でビデオに残っていることがもう凄い。そしてそのビデオの豊かさよ。あの時代の空気感がDVカメラの、あのDVの画質で撮られている。


どうやって売れていくか、バズっていくか。

売り込んでいって、相手にされなかったりというのがその密着っぷりでしっかり撮られている。相手にされないというよりかは、いきなり目の前にカニエというとてつもない熱量を持った人間を目の前にして唖然とするレコード会社の事務所の人たちの記録だ。ある種のドッキリのような映像。そういう"ガチ感"みたいなものが自然と取り込まれている。それもまだ第一章の部分で。


第一章の肝はそうしたブレイク前夜のカニエと、そして母の存在だ。カニエには自信家特有の傲慢さが見てとれるが、それを母は受け入れつつ、「地に足を付けながら舞い上がるのよ」と助言をするのだ。母は子であるカニエを一切否定しない。そして肯定してあげつつ、直すべきその傲慢さに対してとてもベストな言葉を残す。カニエにとって母の存在がどれだけ大切かは2章でも描かれるが、そうした母との極めてプライベートショットに近い瞬間が撮れてしまっていることに驚かされる。


2章はカニエが致命的な交通事故を起こしてからがスタート。怪我によって、歯の手術をするカニエ。主治医もこんなとこ撮るの?というくらいにクーディーは密着している。こういったシーケンスのクーディーの"情熱大陸"力のようなものは尋常じゃないと思う。並のディレクターなら回せないのではないだろうか。


グラミー賞も獲得、カニエはスターになっていくが、クーディーはスターになっていくことで感じる距離感を具に表現していく。時にナレーションで、当時の心情はどうだったのか。非常に私小説的な語らいが、その距離感の真理を捉えている。


クーディーの凄いところは適切な距離感の塩梅を理解しているところだと思う。カニエが奇行をし始めた頃から、ここはちょっと距離を置いておこうとする。その間、約6年間はカニエに関するフッテージは撮っていない。それでもその間にクーディーは父親になることで、自分の心境の変化とかをカメラに収めていく。


今、こいつに関わるべきではないというところで、躊躇なく制作を一時中断出来る勇気というか、その采配が見事だと感じました。クーディーは相手の精神状態をしっかり把握した上でカメラを回している。ドキュメンタリーを作る上で大事な精神性を分かっているような感じがしました。


3章に入り、そろそろこの物語もフィニッシュに向かわなきゃという語りの後に、またカニエが奇行に走る。政治的発言が目立つようになり、トランプを支持したり、しまいには大統領選出馬を名言したり。ある意味スターになった人の終盤戦に政治活動に向かっていく流れというのが必然的なものだと思わされてくるくらい。


その流れの中で、クーディーはカニエを見捨てたりはしないのだ。


この作品のラストは信仰の話になる。人間を、音楽を、家族を、スキャンダルを描写せ、経ていく中でやがて人間の根源的な祈りや信じることのお話になっていく。


それはカニエという存在を、クーディーが捉えつつ、普遍性を持たせた言わば現代における聖書のようなものだ。


21年の物語が終幕を迎えたとき、ドキュメンタリーという表現の豊かさ、そして関係性の芸術によって創り上げられる物語の厚みに感動した。カニエを描いているが、これは同時に監督でもあるクーディーのドキュメンタリーでもある。クーディーの人生感がカニエを撮る中で変化していき、この終幕を迎える。それはすなわち人生そのものの普遍性を描いているようで。友人でありながら、友人という関係を超越しているような。温かみのある友人の視点が、話の中にある神に関することに触れていくなかで、やはりそれは神の視点なのではと思わせてくるサムシング。


私はオールタイムベスト級の、2022年のベストオブベストだと思いました。折に触れて参考にしていくことになると思います。クーディーは僕の新しいロールモデルになりました。