あらすじ:

さえない高校教師マーティン(マッツ・ミケルセン)と同僚3人は、ノルウェー人哲学者が主張する「血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という理論を確かめる実験を開始。仕事中でも構わず酒を飲み続けほろ酔い状態を保つと、授業も楽しくなり生徒たちとの関係も良くなっていく。仕事だけでなくプライベートも好転するかと思われたが、実験が進むにつれて制御が利かなくなってしまう。



見終わって、今年映画館で見た映画の暫定1位というくらいに心に突き刺さった作品です。出てくる人たちの愛おしさも、作品の作りやテイストも全てが愛おしい、そんな作品。


冴えない歴史教師を演じるマッツ・ミケルセン。冴えないと言ってもマッツには華があります。過去に危険な役柄を演じてきた匂いが立ち込めている。表の顔だけではその本当の姿が判然とできない何か。だからこそ何故冴えない教師となってしまったのか、その裏側の想像性を垣間見ることができます。やがて映画内で、妻とうまくいっていなかったりということも描かれていますが、彼は自分というものを解き放てないまま時間が経過して過ごしている。そんな中、同僚との食事会で「血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という説を語り合い、立証しようとします。


これはいわゆる日本のバラエティ番組によくあり説立証の過程を描いたものではあります。説をフックにして、それを立証しようとする様を描き、その顛末が結末と向かう。そういう意味では実にオーソドックスなシナリオとも言えます。


しかしながら、非常に映画的に切り取られる各シーンの愛おしさがたまらない。この高校教師軍団はとにかく全員が可愛げのあるおじさんであり、またそんな可愛げを映画的に見事に活写してくれていると思います。微笑ましさの中に、観ている自分にも彼らのような一面があるのではないか、そんな気持ちにさせてくれます。市井の人々側でありながら、酒一つの臨床実験を自分たちに施して人生をより豊かにしようとする姿が非常に可愛らしいのです。


僕は映画がピークに行く前に既に涙腺が決壊しました。体育教師がサッカーを子供たちに教えているシーンがあるのですが、その子供たちの可愛らしさと、酒を飲んだことで、より親身になれる体育教師との距離感が実に絶妙でした。メガネをかけているスポーツが苦手そうな男の子がゴールを決めるシーンがあります。カメラはドリーのローアングルでその子の背中を撮り、シュートを決める美しいシーンがありました。まだ映画はピークを迎えていない中盤にも関わらず、僕が大好きな映画「がんばれ!ベアーズ」のような感動がそこにあり、僕はボロボロ泣いていました。既にそのシーンで老体育教師が生徒たちとそれこそ体育という授業でしか獲得出来ないサムシングをそこに体現したからだと思います。スポーツが苦手な子がゴールを決める。それを教師と仲間たちが本気で喜びあう。それは学校教育を超えた、教育のあるべく姿な気がするからです。メガネの男の子のメガネというアイテム一つと、内気そうな表情だけで「スポーツが苦手なんだろうな」と感じさせる演出も素晴らしかった。絶対にそういう子はクラスに一人はいると思うのだけど、そういう子が心のブレイクスルーをして、クラスが盛り上がるなんて泣いちゃうよ。


本作の主人公のマッツ・ミケルセンもアルコールの力を使って、「授業がつまらない」と生徒や保護者に言われていた授業にキレが戻ってきます。ユニークな問題を作り、生徒に考えさせ、それをシェアする。生徒たちに笑いが起き、授業に一体感が生まれていく。私自身の体験に置き換えるといい先生にはみんな授業にエンターテイメント性があったなあと思います。ただ単に退屈な構造ではなくて、楽しませようという何かがある。特に大学の授業にはそれを実践してくれる先生がいて、僕はその先生との出会いで大きく人生が変わったなとも思えるからです。


そうしてマッツが少しずつ自信を取り戻していく様は非常に微笑ましく、いいぞ、いいぞとなります。


しかし扱っている題材はアルコールです。アルコールは容量、用法を守らなければ危険なものになるということも描きます。

次第に教師たちはアルコールの量を増やしていき、沢山の問題を起こしてしまいます。それはわかりやすい過程でありますし、そりゃそうなるだろうというところです。

しかしこの映画はそれを説教臭く見せるわけではないのがいいなと思いました。アルコールを適量で楽しむくらいがいいのか、飲みすぎて破滅するくらいのがいいのか、それをあくまで観る側に委ねているようなそんなバランスが非常にいい。アルコールで失敗をする彼らを見ても不快感があまりない。それはそうした失敗を、この映画を観ている自分もしてきたかもしれませんが。非常に誰しもに喚起力のある題材だなと思うわけですよね。


お酒で得ることと、失うこと、その二つを行き来しながら生きている。失うこともまたあまりに大きい。そのどうしようもなさもまた人間であるわけだが、それを包んで覆うとしてくれるのもまた人間なのです。


非常に印象的な楽曲も相まって、ラストのマッツのダンスシーンも、人生の喜びを表現するにピッタリのシーンだったと思います。

デンマークはお酒に寛容過ぎる国のようですが、こうやって馬鹿騒ぎがシェア出来るというのは楽しいと思います。そういうお国柄としても羨ましさのようなものも感じました。こういうノリがベースであれば、人生をもっと楽しく出来るかもなあと。


私もコロナ禍に入り安い発泡酒を買って、半額の刺身で晩酌をすることが増えました。

適量のアルコールでちょうどいい気分になれる。容量、用法は守りつつも、お酒で自分に人生讃歌を与えるって大事なことだと思います。


そういう誰しもに共感性を与える、そして愛おしさを与えてくれる最高の映画だったと思います。2021年の個人的ベスト映画です。