今年のベスト書物の一つになるのではないでしょうか。東海テレビプロデューサーの阿武野勝彦さんの本です。

個人的な話を記しますが、私は東海テレビのお隣にある中京テレビの2010年度入社の社員でした。
大学卒業時に将来はドキュメンタリー映画監督になろうという気持ちがあったのですが、映像技術のことやそうした技術体系を学ぶにはテレビ局に入るのがいいだろうと判断して、テレビの入社を望んでいました。

結果的に営業部の配属になってしまい、自分が希望しているような番組作りというのは社員はなかなかなれないというのが段々わかってきて、心を病み、8ヶ月で退社してしまいました。

お隣の東海テレビとは同期会というものがあって、一緒の社員研修があったり、飲み会があったり、コンパがあったりで同期の人たちとは仲良くやっていたりしました。この本の中に出てくる繁澤さんは僕の同期で、名古屋でプロレスの試合をするときは見にきてくれたりしました。

僕が退社して間も無く、東海テレビが自社のドキュメンタリーを劇場公開していくという流れが出来ていました。そもそも地方テレビ局の取材力、クオリティ、ノウハウは劇場公開しても遜色のないレベルで作られており、地方で作品が埋もれることのないよう、全国の映画館で流すというのはめちゃくちゃいい流れでした。

自分は既にテレビマンではなくなってしまいましたが、言ってしまえばこの本に書かれていたことは「僕が入社してやりたかったこと」でした。たら、ればの話になってしまいますが、もしあの時に残っていれば、もしあの時に東海テレビの人たちと交流を残していたら、自分もその輪の中に入れたのかな、、と過ぎることがある。そんなことを思ってもしょうがないのだけど、その「たら・れば」があった。僕がやりたかったことがここに書かれていた。

映画作家のドキュメンタリーの方法論的な本はこれまで何度も読んできた。「俺はこう撮る」「これが俺のスタイル」ということが記されていて、それはそれで読んでいてやる気が出るのだが、この本にはそういう方法論よりも、ドキュメンタリー作品を作る上で「大変なことや、うまくいかないこと」が記されていてとてもよかった。

そもそも社内で企画を通すのも大変。社内の風通しの悪さ、時にスタンドプレーに走ってやっと成立するような過程もあったり。スポンサーのあれこれもある。

テレビ局という組織で作ることのメリットとデメリットにしっかりと向かい合っているからこそ、これだけ良質な作品を作り続けてきたのだなあと感じました。(たぶん個人制作では出来ない。)

自分はテレビ局に入った時に、こういう視座や、こういう取り組みをしたくて就職したんだった。それが何一つ叶わずに辞めてしまった。
そもそもテレビと合わなかった、そもそも向いてなかった、そんな気持ちも抱えていましたが、
けど、自分なりにその地点で志はあったんだなあと、この本を読んで思えたんですね。

この阿武野さんの気合が入りつつ、肩の力がどこか抜いているような、それでもトラブルや予期せぬことだらけだけど、魅入られてしまうドキュメンタリーの沼のようなものを感じました。こういうスタンスでいられるようにしたいものだ。今後、何度も読み返す本になるでしょう。