激動の7月がぼちぼち終わります


7月はFMWE旗揚げ戦で終わり、スタンドアップ旗揚げ戦で終わりました。二つの団体の旗揚げ戦に出場出来たことは私の宝になると思います。


⬜︎FMWE旗揚げ戦は本当に凄まじかった。

自分がファン時代に感じた高揚感と、とんでもないものを観ているという感じがありました。ここでしかない、日本の辺境でしか見られないもの。奇祭というべきか。大仁田さんが創り上げる一座が令和になり、側は変わりながらも再び狼煙をあげたのではないか。そう思います。目撃したことにより、誰かに話をしたくなるサムシングが凄かった。もはや興行を見たというよりも、事件を見たと言った方が正解なのか。





⬜︎ホームリングであるガンバレプロレスでは後輩・岩崎とシングルでした。彼の一本気のある思想、主張と。悪く言えば定まりきらない、よく言えば横幅だけはある自分の試合は彼の一本気に軍配が上がりました。身を削る試合になりましたが、この世界で上に更にもう一つ行くためには避けられない闘いだった。自分のことを想ってくれる後輩もまた人生でそうそういない。そんな一回性の強いシングルだったと思います。自分のターニングポイントになる試合でした




⬜︎そして東京オリンピックが始まりました。世論が激しく動き、開催に疑念を抱えながら強行された渦中を目の当たりにしました。その中でまた自分もアスリートの気持ちに寄り添いたくなる心情もとても感じたり。


後日、開会式の録画を観ましたが、文春にリークされた、当初の進行台本から大きく様変わりし"台本が崩れていく様"が中継されていたのだなと分かり、なかなかな憤慨ものな演出がいくつか見受けられたような気がしました。私も大会場の映像演出を何度もギリギリに納品するという悪しき行動をとったこともありましたが、これは国家単位のイベント。いささか世界にアピールするには厳しいものを目の当たりにしました。これが日本を象徴するものの一つということになってしまうのではないでしょうか。


さらに母校のOBが相次ぐ五輪で名を下げてしまう過去の行為が取り沙汰されました。学校は彼らを推しOBとしてずっと推していたのですが、今回の件で彼らへの視点はどうなるのか。アカデミックな人たちは推すだけ、推して、こうした話題が起きたときにはなかったことにするのは早いと思っているので、この辺りが結構気になっている。


⬜︎ワクチンを打ちました。みんなが打つからではなく、自分の判断で打つことにしました。判断にあたってはアメリカに住む友人の意見が参考になりました。日本とどうしても比較してしまいますが、日本にいる人よりも、海外にいる人の変化の実感の方がより自分の想像力が膨らんだことが大きかったような気がしている。


⬜︎昨日はスタンドアップ旗揚げ戦。かつての自分のようなコンセプトではじまる団体を目撃しました。つまり時代は繰り返されるということ。手法、方法論は意識する、せずとも誰かの影響となり継がれていくということです。ただ私はそれを見たときに、とても別の新しいものを創りたいという欲に駆られました。自分のスタイルや方法論はやがて確立していくものではありますが、セルフリメイクとして自分の歩んだことを、また同じように再開するというのは今の自分は出来ないと思いました。つまり同じ方法論でやる場合は誰かをプロデュースしたり、誰かに仮託することで違うものを創ることに生き甲斐を感じるようになるのではないかと感じました。



自分が思った以上に達観してその出来事を見ていたので、いちレスラー、いち表現者としては別のフェーズに行きたいんだなと思えます。


終わってみて思ったのが、新しいものを創っていきたいという気持ちと、この国の歪さと、怪我病気の怖さと、健康のありがたみと、日頃の体力作りの大事さとか。


お疲れ様でした。