ドキュメンタリーも色々な形や手法があったりして、古今東西様々なドキュメンタリーがあるわけだけども、自分が10年くらい撮り続けていて、一つ思うことがあってドキュメンタリーとはある種のセラピーの機能を持つというのが自論です。


以前にオアシスのドキュメンタリー映画を観に行ったとき、やはりメンバーの1人がこのドキュメンタリー映画を作る際に「セラピーのようだった」と事後に語っています。価値観がバラバラになったバンドメンバーのピースを拾い集めるような感じ


傷を癒すため、傷を覆うため、傷を塗るため、傷を舐め合うため。向き合うためのテーマに対して、それを超えてこれからの人生を生きていくという構成はハマりやすい。ほとんどの映画はそういうことを描いているわけですから


テーマに対して、傷と向き合うことで、語らうことで、映画を作るという行為そのものがセラピーになっていく。そうした意義がドキュメンタリー映画にあるのではないかと思うよになりました。そうした機能を映画の「結」に結びつくことで、希望に転換するというのは一つの手法としてアリだなと感じます。(そう考えるとそういう結末を迎えないNetflix制作の実録ドキュメンタリー系は本当に恐ろしい。。)


本作のスケボーのシーンにはどれもストリートの匂いがします。実際に監督がスケボーに乗って後ろから撮っているであろうシーンはどれもストリートの匂いと、スピード感と、アクション性を感じ、このドキュメンタリーをある種の「退屈さ」から解放させているように思えます。この映像の美しさを観ると私もスタビライザーが欲しくなる。(インタビュー素材だけで構成されたドキュメンタリーはこの辺りが弱くなりがち)


そして単にスケボーに関するドキュメンタリーを逸脱し、3人の青年が抱える「打開したい壁」についてのお話であることが分かります


この映画に出てる主人公3人は何らかの傷を抱えている。人生が詰まっている感じがあります。街に対して、家族に対して、暴力に対して、自身が抱える傷に対して。詰まってきているからこそ苦しい。


それを打開するために監督はドキュメンタリーを作ります。本編が進むにつれて監督そのものも3人目の主人公になる。つまりセルフドキュメンタリーになる瞬間がある。しかしあくまで3人目に据えるそのバランスが絶妙だと思いました。これが彼1人だけならば、彼の自意識に支配された映画になっていた可能性があります。が、彼は自分自身を1人のキャスト、ドキュメンタリー監督を志す若者という位置に据えることで、絶妙な距離感をキープしました。だからその配置が凄く好感度に繋がるというか、いい可愛げに見えてくるんですね。1人目、2人目の主人公を取材していく上で、自分自身の問題も向き合わなくてはならないと、3人目の主人公は自分だとなる構成も凄く良かった。「僕を撮ってくれ」の意味が出てくる


これは「大人」になっていく過程のお話でもあるんですが、大人になるという過程の怖さもリアルでノンフィクションな映像によってしっかりと刻まれています。まだ20歳過ぎたかばかりの若夫婦が若さ故に子供が出来ても、口論が絶えず別居をします。若い故に遊びたい、子供を育てることにプライオリティが高くなれない精神性。やがて大人になる瞬間というのはこうも半ば強制的に現出するのだなあと。


スケボーが一つの「開放」や「自由」の象徴になっています。スケボーのビデオを撮ろうとしていた監督。MVような勢いのある映像が映画的に収まっているのも凄い。スケボーに乗っている時だけは自由になれるというような感覚でしょう。『mid90s』でも描かれていた。


この映画にトランプ政権化のアメリカを重ねることも出来るんだろうけど、そんなに政治的側面に直結しようと観なくても、そういうアメリカで括るのも違和感あるくらいパーソナルな物語を完成度の高い映画にしてると思うのだ。ミニマムな3人のお話だけども、そこからアメリカという国が見えてくる。国という単位に対して顕微鏡で覗くように、あくまでこの3人のことを映しているのがいいです。政治的に観ようとするのは観る側の視点で十分でした


これを見ながら、自分の作った『ガクセイプロレスラー』と重なるところが沢山あったんだなあ、他人事じゃないんだなあというのも感じたり。そういう意味では長編でもっと突っ込まないといけなかったという自省も生まれてくる


ラストシーン、12年間撮り貯めていた3人の顔を繋ぎ合わせる映像が出てきますが、その編集が実に浪花節でめちゃくちゃ良かったです。アフターエフェクトとかで捏ねくりまわすわけでもなく、シンプルにカットを繋いで。PRIDE.34の煽りVのようでした。人生ってこうだよなあ、という染みる映像。人間讃歌。それはもう浪花節。


観終わる頃にはモチベーションがめちゃくちゃ上がった。あぁやるぞー、やるぞー。


取り留めない感想だけど、自分の思う「ドキュメンタリー」が詰まってたので、抱えた熱量を放出したのだった。ありがとう。僕も作らないと。