これは実に「運動」的なドキュメンタリー映画ではないでしょうか。


監督はYoutuberであることを含めても、この映画を作るキッカケになったことがYoutubeの投稿に対してネトウヨとよばれる界隈の人たちによって炎上したことを端に発しているそうです。


映画がはじまると慰安婦問題に対して、そもそも慰安婦問題はどういうものなのかということはあっさりとテロップだけでオープニングになんの飾りっ気もなく説明します。


そこからは怒涛です。この慰安婦問題に関する見識者たちが右側の人も、そうでない人も問わずインタビュー撮影に成功していて、出演者の人たちが矢継ぎ早に出てくる。


構成もとてもわかりやすい構成。各テーマ毎のチャプターわけにになっている。それぞれがYoutubeの一つの投稿としても成立するような章分けになっているのがミソだと思います。こういうテーマ毎にやっているのは映画そのものを作る経験がなくても自然と出来てしまうというのが凄いことだと思います。


この映画、一見ほとんどがインタビュー映像の羅列というか、ヘタしたら「それだけ」にしか見えかねないのですが、各ディベートの筋道はきちんと編集と構成によって、見ている側はきちんと理解がしやすい筋道になっているんです。監督のナレーションによる解説と突っ込みも的確。しかし、それはどちらか一方の回答に誘導しているわけでもなく、かといって「公正中立」であるわけでもない。あくまで、監督がこのテーマを撮ろうと思ったキッカケや、疑問に思ったことが軸にその答えを探そうとする作業に見えます。


そんな中、映像の中で右派の人たちの言葉にはいよいよ突っ込みどころが出てくるわけです。そこにはやはり映像だからこそ映るおかしみが確実に滲み出る。


どこか高圧的だったり、ガハハ!と笑う姿だったり。


僕はそれがちょっと怖いな・・・と思いましたね。やっぱりハッと気づかされる。この意識でこの問題に向き合っている人が政治家だったりするわけだ。この問題に対して、そっち側の人たち自身が検証が甘かったり、思想が無意識に傾いているからこそ、そう「思い込んでしまっている」部分が露呈するんですね。そこに直結するのは安倍政権や、ある組織のボスだったり。


劇中に出てくるテキ◯ス親父と呼ばれる男。彼の発言は非常に扇動的だし、差別的な発言をしています。それがYoutubeの動画による投稿と、彼のインタビュー素材の発言と結びつくとそれはかなり強固な差別意識だと伝わってきます。


さらに他人事ではない感覚になったのは、僕が作っているプロレスの煽りVと手法はかなり近いもののように思えたからです。今のトレンドとなっているプロレスの煽りVのベーシックな手法は戦う両者のインタビューをし、そのイデオロギーの違いから戦う理由や、ポイントを明確化する手法です。


こうした方法で、これだけ大きなテーマに、異なるイデオロギーを一本の映画に混在させ、それこそ身の危険さえも感じるような題材を撮っているわけですから。


ドキュメンタリストとして何か猛烈なエネルギーを感じました。