センチメンタルなブログが続き恐縮ですが
残しておきたいので記事にしておきます。
まずは一つ残念な報告。
ミーディアム養成講座、行けなくなったのです。
あんなに楽しみにしていたのに。
いろいろな事情があり、私が出した答えは
「スピリチュアルより、今が大事」
そう、自分でキャンセルを決めました。
養成講座はまたのチャンスがあるかもしれませんが、
今は今しかないもんね。
仕方ない、と諦めました。
でも、私が本当にショックだったのは、
先生とつながることができる機会を失った…という喪失感。
先生が亡くなったことの悲しさを、なんとかこれで和らげていたのに
キャンセルしたことで、がっつり悲しくなりました。
心の中で先生に呼びかけました。
「先生、次の機会まで待っててくれる?」
前のようにつながりも感じられず、空しい雰囲気。
昨日は「なんのために生きてるんだろう、私」
「スピリチュアルは何も救ってくれない」なんて
ちょっとやけっぱちになってました。
そして、今朝の夢…。
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先生は、今の私の家に家庭訪問に来ていました。
片付いていない家を優しく見守る先生。
そのうち、先生は遠くへ行ってしまい、
私は旦那さんにどうしても行きたいと頼み込み、
夜遅くバスに飛び乗って先生がいるところへ向かいました。
そのバスは暗くて怖いので、ほかの乗客たちは
帰りはこのバスを使いたくないと言ってました。
私は大丈夫だと思いましたが、
もっと安全な帰り方を友達に教えてもらいました。
バスから降りると先生が待っていました。
友達も一緒にいたのですが、
友達が先を歩くと、先生が私の左手を握ってくれました。
先生が私と手をつないで歩いでくれるなんて、
これだけで私は中学のころの気持ちが通じた思いでした。
先生は私の気持ちを受け入れてくれたのかな?と
すごく胸に温かいものが広がりました。
しばらく手をつないで歩いていると、
先生が私の左手に輪ゴムのようなものをかけました。
財布をすりに取られないように手に輪ゴムでとめる、という
流れでしたが、実際は輪ゴムだけでした。
そして手を離しました。
私が「先生、もう私、絶望的だったよ。本当に死んだと思ってたもん。」
と話すと、先生は役所の手違いで本当は自分は死んでいないのに
死んだことになってしまったことを説明してくれました。
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そこで目が覚めた私。
起きてまず思ったこと。
「悲しい。これは悲しすぎる。」
やっぱり先生は亡くなっていました。
生きてたー!と喜んだから反動は大きかったです (T∀T)
私はバスに乗ってあの世に行ったのかな?と思いました。
なぜなら、そのバスというのがとにかく暗くて
霊が乗ってるような雰囲気だったからです。
ちなみに帰りはとても明るい乗り物に乗る予定で、
行き・帰りの手段が印象に残った夢でした。
それから先生が私の左手にかけた輪ゴム。
目が覚めてすぐ左手を見ました。
何か託してもらったような感じ。希望かもしれませんが。
今回の夢の一番大事な場面でした。
この輪ゴムの謎を解き明かしたくてたまりません。
せっかく先生が夢に出てきたので
どうにか続きを見れないかと二度寝しました。
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夢の中では、先生はやはり亡くなっていました。
でも、アエラのような雑誌に先生の追悼特集が載っていて
5~6枚の写真が載っていました。
私が見たこともない、50歳になった先生。
子どもか孫を抱いて笑顔の写真がすごく素敵でした。
友達と「50才に見えないよね?」なんて先生を偲びながら話していました。
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二度寝してまた先生の夢を見られたことは良かったです。
なぜなら、起きてすぐ写真の笑顔を思い出し
「先生はアチラの世界で幸せなんだ」と感じたからです。
それに、見たことない20年後の先生のお顔。
本当にそうなってそうなお顔でした。
いつか写真を見られるときがきたら、比べてみたいと思います。
先生が夢に出てきてくれるとは思いませんでした。
昨日のやさぐれ感が嘘のように、
「生きてれば夢を見るだけでこんなにいい気分になれることもある」
と明るい朝を迎えた私です(笑)
正直、今回の先生のこと⇒養成講座申込み⇒キャンセル⇒夢という流れで
スピリチュアルって本当になんなんだろ、
人生にどういう意味があるんだろってかなり考えました。
積極的に考えるというよりは、考えざるを得ない状況に追い込まれたというか。
まだ答えは出ていませんが、
「今をないがしろにしたスピリチュアルには意味がない」
「今を全力で生きればスピリチュアルは助けになる」
ということは実体験として感じました。
あ~。そんなこと言いつつ、先生の魂とやっぱりコミュニケーションとりたいな。
願ってればまたその機会は訪れると信じています。
そして一番偉大なのは、この一連の流れに嫉妬しつつも見守ってくれてる旦那さんです(笑)
すべてに感謝して、また今日も生きていきたいと思います (o^ω^o)
夢に助けられてる日々…ありがとう!!
旦那さんに話したら、話があまりにリアルで、
パラレルワールドで体験してきたのではないかとのこと。
私も同じように思いました。記録として書いておきます。
最初は悲惨な始まりでした。
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私の2人の子どもが殺されたと、警察から連絡が入る。
それは残虐な殺され方だった。
(ある事件を彷彿とさせる内容なので、詳細は省きます)
遺体がある現場を見に行きますか?と言われて
迷ったけど行くことにする。
私は悲しくて仕方がない。
あの子たちはこれから何十年も生きるはずだったのに…
もう人生が終わってしまったなんて…
夢の中で涙が止まらない私。
そのときなぜか側に、亡くなった子ども2人が立っていたが、
夢の中なので特に疑問は感じない。
これから私が向かう先はその子たちの遺体がある現場。
電車の席で顔を手で覆って泣いている。
ふと顔を上げると、息子と一緒に亡くなった(という設定の)
私の友達が立っていた。
手から下がない。切り落とされたのだと言うことがすぐわかった。
(…あれ!みえる!)
私は霊がみえるようになった、と思った。
まったく普通の人間と同じように見える。
でも、周りの人には見えていないみたい。
殺されたという友達は「大変だったのよ~」的な感じで
割と明るくいろいろ伝えてくる。
息子は…と思った瞬間、駅に止まり開いた扉から
息子が乗り込んできた。
普通の人間にしか見えないんだけど、霊だということがわかった。
「あたまがいたい」
と伝えてくる息子。頭を割られて殺されたからだ、と思った。
私は息子を抱きしめて「大変だったね…」と涙する。
悲しい思いは変わらない。でもなにか、希望を感じた。
肉体は死んでも魂は亡くならないことを実感した。
息子は達観したような感じ。
そのあとも霊(息子だったり、また違う友達だったり)は、
呼んだらいつでも来てくれる、聞いたら答えてくれる、
ということを言っていた。
私は完全に見えるようになっていたけど、
他の人は見えないので「ここにいるって教えてあげようかな」と言ったら
「それはびっくりするからやめとこう」と霊に言われた。
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タイトルをつけるなら「悲しみと真実」。
この悲しみというワードは絶対はずせません。
なぜなら、夢を通してずーっと悲しかったから。
いくら魂が存在しているとわかっても、
この世で一緒に生きていけない悲しさは変わらなかった。
だけど、悲しさが癒されない一方で、
真実を知った喜びがあった。
生きていく希望を見つけた感じ。
旦那さんがなぜ私の夢をリアルだと感じたのかと聞いたら
とにかく感情が溢れていたから、と。
確かに普段夢を話すときよりも感情の話ばかりしていた。
本当に悲しかった。でも何か希望があった。
その感覚が、この夢で一番印象に残った感覚。
人が死ぬということは、言い換えるなら、
もう会えない場所に留学してしまうような感じでした。
留学、というのは、相手が子どもだったからそう感じたのかも。
引っ越しといってもいいかな。
ただし、現世手段で連絡をとることはもうできない場所。
生きてる間に二度と会うこともできない。
ただ、そこではやっぱりその人は生きている。
消えてなくなった訳ではないから、自分も頑張って生きようと思う。
全然、消えてないんです。それが夢の中では分かりました。
でも、一緒にいられなくなったのはやはりとても悲しいのです。
相手が魂としてどこかで生きている、という真実は
一緒に居られない悲しみを直接癒すものではないと感じました。
そこもなぜか強く主張したいと感じます。
別に希望が生まれて、プラスマイナスでプラスに働く感じです。
夢の中では、遺族の悲しみと、霊の世界を知るものと、
両方の気持ちを味わいました。
それにしても、私がうまれてからこのかた
経験したことのない感覚がてんこもりの夢でした。
どういう殺され方をしたかがわかる感覚、
霊がどういう見え方をするか(後ろのオーラみたいなのに記憶があった)、
普通の人間のようにみえるけど霊だとわかる感覚、
霊のいる世界の実感。
ミーディアムの世界を体験したみたいです。
私がミーディアム養成講座に行く理由は、
ミーディアムになることではなくて
亡くなった人と本当にコミュニケーションがとれること、
死後の世界もあることを、
「実感」として得る、この一点につきます。
スピリチュアルな世界について、
信じるに値するだけの状況証拠はもう自分の中で
ほぼ100%揃っています。あとは実感だけなんです。
それを体感したい!!
昨日このことについて真剣に考えていたから
こんな夢を見たのでしょう。
夢の中で一足先に体験させてもらいました。
こちらの世界でも体験できるといいなぁ。

ミディアム養成講座を受けることになり、
こんな流れになるなんてな~と日々思っています。
なんか夢で示唆はなかったかなぁと
昨日ぼーっと考えてました。
で、ふと、あ!この夢だ! とひらめいたのです。
先日記事にしたピアノの先生が変わる夢 。
改めて思い出してびっくりしました。
夢で見た新しいピアノの先生の容貌が
今回教わる先生にとても似ていたのです。
性別・年齢・髪型・性格もおそらく。
芸能人を教えているかはわかりませんが
能力者を輩出している有名な先生です。
もうモジモジしてるレベルではなく、
自分をさらけ出してついていくしかないと
夢の中の私も、今の私も、思っています。
この先生との出会いを示唆していたのか~と思いました Σ(゜∀゜ノ)ノ
前の記事でも書きましたが、
私は誰かに師事するということが今までなく、
いろんな養成講座に興味を持ちつつも
誰かの色に染まるような気がしてずっと抵抗がありました。
でも、今回の先生はぜひお願いしたいと思ったのです。
私の初めての師匠、という気持ちで申し込みました。
私にとって思い切った決断だったのです。
だから、夢の新しい先生がこの先生というのは、
私にとって、とてもしっくりきます。
夢は、新しい先生に習う前に、
以前の先生にお礼をしたいので会いに行く…という話でした。
結局夢の中で以前の先生に会うまではいたりませんでしたが、
「亡くなった恩師(以前の先生)とつながりたい」
という今回の動機が、またこの夢のストーリーと合致するように思えて
夢ってうまいこと話を作るな~と思っています。
なんにせよ、これは流れの一つだと、また確信しました!
気付けば、夢の記事のときに書いていたモヤモヤは
吹っ飛んでいました。
今、やりたいことも生きる目的も目の前にばーっと広がっています。
あれは夜明け前の暗さだったかな。
人生はおもしろいですね (o^ω^o)
先日、恩師の記事を書きましたが、
それからずっと思っていること…
亡くなった人とコンタクトは、本当に、本当にとれるのか?
私自身タロットで副業をさせていただいて
今更こんなことを自分に問うているのは不思議な気がするのですが、
ほんとのほんとに、スピリチュアルな世界というのは
存在しているのか。
タロットが当たるというのは実感としてあるのだけれど、
それはリーディングしてみて、
お客様からの反応を見て実感していること。
私自身が、目に見えるようにお客様の未来を見たり、
耳で聞こえるように何かの声を聞いたりということをしている訳ではない。
人生に起こる不思議な出来事にスピリチュアルな世界を感じることは
多々あるけれど、そういう感じるレベルは確信とは違う。
よく言われる、「信じている」と「知っている」は違う、
そこんところが気になってる。
私は「信じる」じゃなくて、そろそろ「知りたい」と思う。
私はいわゆる視える人ではないから、余計にそう思うのだろう。
もしも、亡くなった人の「本当の」思いを
遺された人に伝えることができたら
それって本当にすごい癒しになると思う。
その行為への興味がすごく高まってる。
何より私がそれを求めているから…。
私が感じた先生とのつながりは本当なのか。
それを確認したくなって情報を探していて、
タイミングよく目の前に現れたワークショップに運命を感じて
申し込んでしまった。
ミディアム(霊媒)の養成講座。
養成講座に申し込むのは初めて。
今まで誰かに師事するということなく来ていたから、
結構思い切りました。
ただただ、先生とコンタクトがとりたいと渇望しての行動の結果です。
ゴーサインを出してくれた旦那さんに感謝!
この養成講座で、今まで曖昧だったスピリチュアルな世界に対する見方に
何かしら自分なりの見方ができてくると思う。
私の人生はこれからどうなっていくのだろう。
きっかけをくれた先生に改めて感謝 (*´人`*)
