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文章屋の日々かんがへていること

文章屋であるわたくしが感じた事、考えた事、もしくは単なる思いつきをさらさらと書いています。
暇なときにでもふらっとどうぞ

どうやら今の世のイイ女というのは童顔が条件に
含まれていることが多いらしい。

『カワイイ』という表現は当たり前のように使われるが、
童顔の女性はカワイイという部類に入るらしい。

均整のとれた顔立ちからは程遠い、幼い顔つきの女が
好みだという男が増えたのだろう。

うむ、私にはなかなか理解に苦しむが、
自分の支配欲を満足させることが容易に感じられるからなのか。

幼い女を支配し、自分の思うがままに動かしたいという、
いわば原住民によくありがちな、男性上位社会への憧れがカタチに
なっただけか。

草食系男子とかいう謎の表現も恐らく、か弱き男性が増殖したために
生まれた。

しかしだ、草食にせよ肉食にせよ、男というのは常に欲望を抱いていなければ、
魅力に欠けるのではないだろうか。

つまらぬ、言葉と幼女趣味がもたらす下らぬ幻想を打ち砕き、
世の男性諸君が目を覚ましてくれることを願う。

女性は幼い顔つきが美しいのではない。
均整のとれたフォルムとそれがもたらす、
女性特有のフェロモンを放出した女性こそ美しいのだ。

幼女に逃げず本当のイイ女を獲得することこそ
男の至上の喜びだ。

反論は受け付けない。
時折、煙草をぷかぷかとさせながら、
夜半過ぎに散歩へと繰り出すことがある。

これは下手をすれば不審者だから、
田舎であればあるほどに警察の方に見つかった時の
リスクは高くなる。

しかし、この誰も歩く者のいない
静かな世界にてくてくと歩いているという感覚は、
なかなか良いものであるし、面白いものだ。

明かりのついた家を見れば、おや?残業ご苦労と思い、
静まった家を見れば、朝から始まるであろう健全で快活な生活を思い、
自らの無精な生活を省みる。

空を見上げれば相変わらず、何億年という過去からきた光が、
己の命の儚さと人間の瞬きに近い一生を暗示する。

などと、今日は妙に詩人のような気分だ。
どれ、一杯ウイスキーを飲んだればまた繰り出すことにしようか。
文章屋は本を読まねば仕事にならない。これは間違いない。
よく、ライターや物書きになるにはどうすれば良いのか
聞かれる事があるが、私は読書すること、と答えている。

そもそも、日本語だけでも無数の数、そして組み合わせが
あるのだから、常に良質な言葉を掻き集める事ができなければ、
面白い文章は書けない。

さらに読む本に関しては自分の好きなものだけに集中するのは
おすすめできない。
全く関係のない分野からも知識を集めてくる事で、文章の幅が圧倒的に
広がっていく。

例えば、小説が好きだという理由で小説だけを読んでいても、誰かの模倣の
小説が見事に出来上がるだけだろう。
小説読みは敢えて、宇宙を視野に入れたり、資本論や、宗教書をかじってみることで、
何らかの変化を生じさせる事ができるのだ。

重要なのは『齧る』から『深入り』するというアプローチだろう。
そして、関連書を読みあさる事で大枠を掴めるはずだ。

だが、その知識を上手く使うのは本人次第ではあるが、
多くを読んで掴めば、それだけ多くの機会を得られる事は確実だ。

さて、いま、手元にある本からどんな連関を見いだして、
次の知識の渦に飲み込まれる事ができるだろうか。
今日は雨である。
じゃばじゃばという雨音が、キーを叩く部屋に聞こえてくる。
うむ、心地よい。

雨の日は小説だろうか。
それも、うんと切ないもの。

もしくは、一気に飛躍して宇宙論も悪くない。

哲学はあまり雨の日には向かない。
ひっそりとした音の少ない深夜にこそ読むべきだ。

天気や時間によって読みたいものは変わる。
体調も影響する。

さて私は今、自宅の本棚を見渡しながらあれこれと考えている。

今日は稲垣足穂な気分だ。
一千一秒物語を読もう。

では諸君、また。
言葉達は独立したひとつひとつだ。

文章屋はそれらを紡ぐ事が仕事だ。
媒体がなんであれ、言葉があるものは
全て私たちの仕事である。

崇高な仕事なんかじゃあないのです。
私たちしかできない仕事でもないのです。
手に職という訳ではないのです。
選び抜かれた言葉をただ繋げて遊んでいるのです。
ただそれだけのシゴト。

付け合わせの役割を担っているだけだ。

メイン料理はあなた方が選ぶべきだ。
もちろんその日の体調と栄養のバランスを考えて、
コレステロールを気にしながら、
たまにはジャンクフードも悪くないだろう。

付け合わせに今日はこんな文章でもいかがかな?

そうそう、知恵は太るからお互いに気をつけましょう。