なるべくまめにブログを書いていきたいと思います。

本日は、

《私にとっての『オンガク』の存在》

について少しだけ…。


3歳の頃から、ピアノとバイオリンを習っておりました。

小学4〜6年の時、合奏部でコントラバスを担当しておりました。

中学・高校6年間、吹奏楽部でホルンを担当しておりました。

高校では、コンサートマスター(学指揮)をやっておりました。

私の出身高校は合唱部が日本一の女子校で、

そのため、毎年夏に行われる『校内合唱コンクール』は、本格的なものでした。

高校3年の時、その合唱コンクールの指揮者に選ばれました。

《『オデコのこいつ』より『なぜ?』》

という、戦争中の餓死していく子供達の様子を描いた曲で、

コンクール本番では、聴いていた他のクラスの友達で「怖くて泣いた」という子が沢山いた程でした。


自分が、吹奏楽部と合唱コンクールで『指揮者』というものを初めて経験してから、

『オンガク』というものの見方が大きく変化しました。


『オンガク』において私が大切にしている事は、

『聴いている人が、本気で泣く程、本気で鳥肌が立つ程、自分が感情込める事』。


その後大学4年間で、バンドでボーカルを担当しました。

MISIA・bird・エゴラッピン・オレンジペコー・ラブサイケデリコ・宇多田ヒカル・鬼束ちひろ

バラード、ソウル、ジャズ…

太い声で、心に芯があって、かっこいい女性シンガーが大好きで、

それらをコピーして歌っていました。

高校生まで、歌が大嫌いだったのが、

このシンガー達の曲との出逢いによって、

歌が日常の一部となりました。


大学浪人をしていた時、

ノイローゼになりました。

予備校から駅へ行き、

改札を入ってホームへ向かう途中で聴いていた

MISIAの『飛び方を忘れた小さな鳥』という曲は、

一瞬で私の感情を、涙という形で表に出してくれました。

その瞬間、気持ちが楽になって、

今でも、その時の情景は忘れない程です。


辛い時に支えてくれた、

苦手な事を好きな事に変えてくれた、

『自分』という存在を開放してくれた、


私の人生は、

『オンガク』無しでは考えられない、



また少しずつ、

ブログアップします。