●古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究 @古部族研究会編 | ★50歳からの勉強道~読書録★

★50歳からの勉強道~読書録★

本は友達。一冊一冊を大切に記憶に留めておきたい。

我が家は神奈川県、東海道沿いで
鎌倉も近いし、なかなかの歴史ある町で。


各小町内毎に山車小屋を持ち、
何やら古くから受け継がれるお作法により
盛大に行われるお祭りがある。
でもそれが、何故か 「諏訪神社例大祭」 で。


遊行寺、白旗神社はどどーんと立派なのに
当の諏訪神社は、どこにあるっけ?って位
狭く、小さく、素朴すぎる、目立たぬ場所に
ひっそりと。。小さすぎて不思議。てか怪しい。。


そういえば「諏訪神社」ってあちこちにある。
諏訪じゃないのに、なんでかね~?
、、ったら、全国に25000社もあるという。




最近読んだ本で、
天孫族に国を譲った出雲族の中で、
ただ一人抵抗したタケミナカタ(建御名方)が
戦いに敗れ逃げた場所が、諏訪だと。


あそっか、なるほど。
稲作を持って渡来してきた弥生民に排除された、土着の縄文民の末裔が全国に広がり、、
その象徴が、諏訪神社てことか♪・・フンフン


と、納得しかけたらそう単純じゃなかった!!
諏訪にはもっともっと古~い神様がいる。
それがミシャグジ。
漢字で書けば、御左口神・御石神・・etc.
縄文中期から確認される、木と石の原始信仰。
東京練馬の「石神井」もコレなんだって。

御左口神社



この研究によると、
出雲族だって稲作をしていた弥生民族だ。
そのタケミナカタが諏訪に逃れ、力をもって
土着の狩猟民、洩矢(もりや)氏の上に立つ。


タケミナカタは、この地に稲作をもたらした
「諏訪大祝」として君臨し、洩矢は祭祀を司る
「神長官」となり、以後共同の祭政がとられ・・

後に天孫族(大和民族)も侵入し、時代は下り
仏教思想、陰陽五行思想も重なって
全国に広がる現在の諏訪信仰が出来上がる。

祭神:建御名方神& その妻八坂刀売神。


が!!・・・・ 実はその根っこで洩矢氏は、
ミシャグジ神事の中枢を明け渡すことなく、
旧来の地位と祭祀をずーっと守っていた!
現在までだよ!

諏訪神社・前宮の昭和7年以前の姿。
ここで神降し前の大祝童子が30日間、
精進潔斎する。
大御社宮神(おおみしゃぐじ)と言われ、
伝説では建御名方の墳墓の地。


これが・・↓↓↓

「取り壊された前宮様を、糸萱で300円で
買ってよォ、氏神さまになっておるぞィ」
という村人の証言で、この本の取材中発見!





「諏訪を掘ったらアジアの水脈につながった」

という、この諏訪研究チームは40年前に、
洩矢氏78代目、昭和20年生の守矢早苗さん
に、直接インタビューしている。
一代2~30年とすると、、約二千年だよね?
(゜ロ゜)



つまりは諏訪信仰を、一皮二皮めくれば
ミシャグジが残り、これを追求することで
縄文からの原始日本が見えてくる。
しかも諏訪には色々資料が残り、
肝心要の神長官洩矢(守矢)家は立派に現存!
これはスゴい。


守矢家敷地内にある神長官守矢史料館。





この本は40年前に発刊されて後、
絶版のまま入手困難であったものが
昨年、3部作の文庫になって復刊した。


40年前のこの本の、重要な骨子の一つが
諏訪で寒天屋さんを営む、普通の女性
今井野菊さん (取材当時74才) が、長年
たった一人、まるで何かに憑かれたように
ミシャグジを探して歩いた、膨大な記録。

今井野菊さんが一人で歩き、調べた記録が
何ページも何ページも、ずーっと続く。





ミシャグジの跡は、塩の道でもある古道と
重なり、神様は必ず大木を伝い、降りてきて
木の下の石棒に宿り、御神体となる。
柳田国男が「石神問答」で、ミシャグジは
石神か、樹の神か、論争したそうだけど
きっと答えはコレなんだろう。


坂井村にあるミシャグジ




古の諏訪祭祀では、大祝(おおほうり)に
就任する男児に神を降ろして、生き神とし
儀式の後、密殺して地に埋めることで
農作物の豊穣を祈ったという。


この生贄は、建御名方直系の大祝から
次第に他の童子が身代わりに選ばれ、
「おこうさま」(こう=神)と呼ばれる存在に。

神長・守矢(洩矢)氏は、神宝である鉄鐸を
振り鳴らし、ミシャグジ降ろしをする。






・・・という昔々の衝撃的な事実が
一般人である、今井野菊さんの
口から語られるのは本当に驚きだ。


ウチの近くの小さな諏訪神社にも
縄文から続く原始日本が潜んでるのかな?
千鹿頭(チカト)神。天白信仰。竜蛇信仰。
そそう神。・・・まだまだ出るぞ~。
興味とリスペクトが止まらない。
     to be continue.....

古部族研究会の田中氏、北村氏、野本氏。
2016年守矢家の御頭御左口神総社御柱祭




自分の中でひとつ、明確になったのは
この原始自然崇拝は、
樹や石に精霊が常在している、と考える
アニミズムとは違う、ということ。


精霊は呪術によって空から降りてくるもので
石棒や童子に神を降ろし、それを御神体と
した。だから今も諏訪大社には本殿がない。
そして、上社だけでも年に75回もの
祭祀があるのだ。

諏訪大社上社。拝殿はあるが「本殿」は無い。


上社=本宮(ほんみや)・・諏訪市→神体守屋山
            前宮(まえみや)・・茅野市→本殿有り
下社=秋宮(あきみや)下諏訪町→神体イチイの木
            春宮(はるみや)下諏訪町→神体スギの木

四ヶ所の宮を合わせて「諏訪大社」という。