❖なんで、きついのに歩くんですか？

『歩きたいからや。それ以外の理由はない。すぐに擦り切れてしまうと分かっていながら、このわらじを作ってくれはるひとの気持ちも足に感じて歩いてることが分らんやろ？』

阿闍梨さんは、巡礼で歩くとき、わらじを履いていた。あるとき、「そのわらじ、もらえへんかなあ？」と、お願いしてみた。

『なんでや？』

と阿闍梨さん

だって、みんな、阿闍梨さんのわらじを自分の体にくっつけて、痛いとこ治るとか、病気が癒されるとか言うてますやんか。お守りみたいなもんなんでしょ？

『アホか！』と一喝された。

『お前には、やらん！』

なんでですか？

『ろくなことに使わんやろ！』

ご利益あるんでしょ？災難除けとか商売繁盛とか

『そもそも、わらじの意味を分かってんのか？』

阿闍梨さんの履きもんですやろ？『アホか？』と、またきた

『これはな、ワシの一歩一歩の足跡や。念の入った足の一部や』

いっぱいあるやないですか

『あのな、これを作ってくれた人の気持ちとか、お前はまったく分らんやろ？興味もないやろ？「脚下照顧」が大事や。足元を照らすと、ワシの旅の無事を願って作ってくれはったことが分かる。お前が「欲しい」と言うてるご利益とはまったく意味が違う。お前の性根はそんなもんやから、やるわけにはいかん！』

俺の視点は、ご利益のほうからばっかりやった。はっきり言うて偏ってる。

巡礼の道中でいつも驚かされたのは、阿闍梨さんが宿に着いて上がる前に、桶の水で阿闍梨さんの足を洗うとき、毎日毎日歩いてるのに、意外なほど柔らかい。とても六十五歳(当時)の足とは思えん。

しかも、どれだけわらじで歩いても、ふくらはぎが硬くならない。思うに、指先でしっかり地面を掴んで歩いてるからやろな。俺たちみたいに靴で歩いてるほうがパンパンに張ってくる。

阿闍梨さんが一日歩けば、二足のわらじがつぶれる。雨の日は三足必要。出発前に新品のわらじを木槌で叩いて柔らかくするのが下足番である俺の役目やった。

そのわらじかて、阿闍梨さんが言うてたように、特別に作ってくれる人がおって、出発前にたくさんの人が関わって届けられた念が入ってる。歩く足を念が包んでいるということを阿闍梨さんは言うてたんやろうけど、そういう見方をしたことがなかった。

『ご利益を求めて歩くようなヤツやから、お前は「わらじをくれ」と言えるんや。すぐに擦り切れてしまうと分かっていながら、このわらじを作ってくれはる人の気持ちも足に感じて歩いてることが分らんやろ？』

(分かりません)

そう、胸にしまうしかなかった。

歩くこと一つとっても、阿闍梨さんと俺ではまったく目的が違ってた。でも、阿闍梨さんは直接は言わない。ストレートなぶっちゃけ話のようでいて、何かを含んだ言い方しかしない。だから、深く理解できるには時間がかかる。

そういうことを分からせるために、阿闍梨さんは『知らんもんは知らん』『そう思うか』『そんなもんな』と謎の言葉を発し続けた。

大阿闍梨酒井雄哉の遺言　玄秀盛　著　佼成出版社

阿闍梨さんの遺言１５『なんで、きついのに歩くんですか？』