保育園や幼稚園でかならず歌われるといっていい童謡に「いとまきのうた」がある。
明るくリズミカルで覚えやすい曲調は、昔も今も人気の童謡だ。しかしこの童謡、歌い進めていくうちにどんどん不条理になっていく、なんとも不思議な歌なのだ。


★不条理な世界★

いとまきのうたは、軽快なリズムと繰り返しのサビの部分の歌詞ばかりが記憶に残り、聞いても忘れてしまう部分がある。それが「誰のために何を編んでるのか」ということだ。
実はこの歌、いとまきをしているのは1番だけで、2番3番はまったく別の行動をしているのだ。

1番でいとまきをしながら作っているのは「こびとのくつ」だ。そして主人公が作った「くつ」をこびとに届けるところで歌は終了する。

そして2番。次に主人公はこびとのために食事を作っている。そう、タイトルにもなっている「いとまき」は1番だけで終了なのだ。2番も1番と同じように食事をこびとに届けるところで終了する。

作品が不条理さを増す3番。いままでこびとに尽くしてきた主人公は、次に意外な行動をとる。なんとこびとのために落とし穴を作りはじめるのだ。落とし穴は、熊を落とすために掘るのだが、結局熊は逃げて3番は終わる。

最後に4番。主人公はこびとのためにスープを煮ている。しかし、ローソクの火は次第に弱まり、ついには消え、こびとは夢の国へと行ってしまう。
こびとのスープはできたのに、灯りは消えて真っ暗。せっかく靴を作り、麦を育て、パンを焼き、スープを作っても、こびとのおうちは夢の国。
「一緒にスープを飲んだ」なら、童謡として温かいハッピーエンドなのだが、最後の最後で実体を煙のように消してしまう、この終わり方。実に不条理な童謡だと言うしかない。


★それでも暖かき世界★

この作品の持ち味は、テンポの良い歌詞とメロディーにつきるだろう。
しかし歌詞はどんどん理不尽な世界に進み、最後はどこか物悲しい終わり方をする。それでも全体的な雰囲気はとても暖かい。主人公はこびとに手作りの服を与え、そして食事を与え、熊から守り、寝顔を見ながら終わる。
ここでお気づきの方もいるだろう。こびととは子供、そしていとまきをする者は母親なのではないだろうか?もし母の優しさが歌詞に秘められているとすれば、歌全体を包む暖かい世界観も納得するだろう。



★アニメ「忍者ハットリくん」の作詞もしていた★

「いとまきのうた」の作者は香山美子さん。
1928年生まれの児童文学作・絵本作家・詩人である。童謡には他に「げんこつやまのたぬきさん」が有名。著書には、童話『宇宙バス』(国土社)『プラスチックの木』(国土社)『事件のはじめはネコが三びき』(金の星社)、絵本には『どうぞのいす』(ひさかたチャイルド)『ごろりん ごろんごろろろろ』(ひさかたチャイルド)などがある。 
テレビ番組のアニメなどの作詞も手がけ「忍者ハットリくん」も彼女の作。



明日はここ一週間のカンボジアの海外研修の感想を書こうと思います( *`ω´)
少し前の模試の古典で出た姨捨山


棄老伝説というものがある。口減らしなどのために高齢の親を山に捨てることをいう。
「姨捨」の名は、親をこの山に捨てた男性が、山を照らす名月を見て後悔に耐えられず、翌日連れ帰ったという『大和物語』によるといわれる。棄老伝説は古代インド(紀元前200年頃)の仏教経典『雑宝蔵経』の説話に原点があるとされている。
事実なのだろうか。たんなる言い伝えにすぎないのだろうか。

☆小説「楢山節考」を読む☆

この話をもとにした小説がある。『楢山節考』(ならやまぶしこう)は、深沢七郎作の小説。棄老伝説をベースに、信州の寒村に住む人々を描く。小説のあらすじは次のようなものだ。

山に囲まれた信州のある村。今年も楢山の歌が歌いだされる季節になった。村の年寄りは七十になると楢山参りに行くのが習わしで、六十九のおりんはそれを待っていた。
息子の後妻も無事見つかって安心したし、山へ行く時の支度はととのえてある。済ませることはあともう一つ…。

♪塩屋のおとりさん運がよい 山へ行く日にゃ雪が降る

自分が行く時もきっと雪が降る…おりんはその日を待ち望む。孝行息子の辰平は、お供で一緒に行くのだが、気が進まず元気がない。
しかし家計を考えて年明けも近い冬の夜、誰にも見られてはいけないという決まりのもと、背中に母を背負って楢山参りへと出かけていく。辛くてもそれが貧しい村の掟なのであった。

『楢山節考』は1958年、木下恵介監督により映画化もされている。1983年には今村昌平監督により2度目の映画化。その年のカンヌ国際映画祭にてパルム・ドールを受賞している。


☆姥捨てはあったのか☆

7世紀に始まる日本の古代法制度下では20歳以下の若年者、60歳以上の老齢者や障害者には税の軽減など保護がされていて、法制には棄老はない。このため、個人的な犯罪行為ということになるが、村落という狭い共同体における掟であったのか歴史研究家によって見解が分かれている。
村落の貧しさを考えればありそうな話だが、もしあったとしても決して口外してはならないタブーだから、事実が明らかになることはないだろう。

~さまよった姥捨山の位置~

(姨捨山)
姨捨山(うばすてやま)は、長野県千曲市と東筑摩郡筑北村にまたがる山。正名は冠着山(かむりきやま)で冠山(冠嶽)とも更科山とも称され、坊城とも言われた。古称は小長谷山(小初瀬山・小泊瀬山、おはつせやま)。

江戸時代の制作と見られる川中島合戦陣取り図(長野市立博物館所蔵)には冠着山(冠着嶽)と姨捨山は明らかに別の山として描かれている。
古峠を通って古代の街道を使用した旅人によって古今集に歌われたのは冠着山だ、と主張した地元村長の塚田雅丈による国土地理院への請願活動で「冠着山(姨捨山)」の名が一般的になったのは明治期以後と言われる。



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最近ものすごくハマってますww

なんか構図を考える時間が超楽しい♡

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画像を入れてちょっとアレンジ
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オスカー伯父さん
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ここからは背景マニュキュア
匂いが篭って気持ち悪くなったりww

BUMPのKのイメージ
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銀河鉄道
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なんだろ?←
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