不覚にも泣いてしまいました(2)・・・。 | Martinのブログ

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「なんで!!!!!!」


いきなり、辺りに大声が響いた。
びりびりとふるえてしまうような、いっぱいの声。
重たい体をひきずって
回り込んで窓からお家の中をのぞきこむ。

しんちゃんのお父さんとお母さん、ひまわりちゃん。
そして、僕の大好きなしんちゃんも。
みんなみんな、泣いていた。


「母ちゃんの行った病院は、ヤブだったに決まってる!! オラが、他の病院に連れてくぞ!!!」

しんちゃんが、ナミダをぼろぼろこぼしながら、怒っている。
ひまわりちゃんも、うつむいたまま顔を上げようとしない。

「しんのすけ、落ち着け。仕方ないんだ。」

しんちゃんのお父さんが、
ビールの入ったコップをにぎりしめたまま呟いている。


「仕方ないって、父ちゃんは…
ホントにそれでいいの!!!???」

「良いわけないだろ!!!!!」

しんちゃん以上のその大きな声に、
だれもなにも言わなくなった。
その静かな中に、しんちゃんのお父さんの低い声が、
ゆっくりひびく。


「しんのすけ、良く聞け。
 いいか、生き物はいつかは死ぬんだ。
 それは、俺たちも同じだ。
 ……もちろん、ひまやお前の母さんもそうだ。それが今。
 その時が、いま、来ただけなんだよ。解ってたことだろう?」


しんちゃんは、なにも言わない。
しんちゃんのお母さんも、続ける。

「あのね、ママが最初ペットを飼うのに反対したのはね、
 そう言う意味もあるの。
 しんちゃんに辛い思いをさせたくなかったから…ううん。
 私自身が、そんな辛いお別れをしたくなかったから。
 だから、反対してたの。
 
 でも、もうこうなっちゃった以上、仕方ないでしょう?
 せめて、最期を看取ってあげることが、
 私たちに出来る一番良い事じゃないの?」

「最期って!!!」



しんちゃんが泣いている。
ぼろぼろ泣いている。
手をぎゅっとにぎりしめて。
僕よりもずっと大きくなってしまった手を、ぎゅっとかたく。

僕の体のことは、たぶんだれよりも僕自身が一番知っていて。
でも、いいと思っていた。
このままでもいいって。
だって夢の中はあんなにもあったかくてあまくって。

だからずっとあそこにいても、かまわないと思ってたんだ。
それじゃだめなの?


しんちゃんがこっちを見た。
しばらく目をきょろきょろさせたあと、
僕を見付けて、顔をくしゃくしゃにさせる。

「シロ。」

名前を呼ばれた。
本当に、ひさしぶりに。

「わん...。」

なんとか声が出た。
本当に小さくて、
ガラスごしじゃあ聞こえないかと思ったけれど。
でも、たしかにしんちゃんには届いた。
しんちゃんが近付いてくる。
窓を開けて、僕に手をのばして。

「大丈夫、オラが、何とかしてやるぞ。」

やっと抱きしめてくれたしんちゃんの胸は、
いっぱいどくどく言っていて、
夢の中の何十倍も、とってもあったかかった。

ねえ、よごれたわたあめでも...。




僕は夢を見る。
何度目になるかはわからない夢。
でも、それは今までとはちがう夢。


僕は段ボール箱に入っていて、
そのはじをしんちゃんがヒモで三輪車に結びつけている。
三輪車がいきおいよく走る。

箱ががたがたゆれて、ちょっときもちが悪い。
ふいに、その箱から引っぱり出され
僕は自転車のかごに乗せられた。
小さな自転車。
運転しているのはしんちゃん。
せなかにはまっ黒なランドセル。
シロに一番に見せてやるぞって、
嬉しそうにしょって見せてくれたランドセル。

まだまだ運転は下手だったけど、とってもあたたかかった、春。

自転車のかごが一回り大きくなる。

くるりとまわると、しんちゃんが今度は、
まっ白なシャツを着ていた。
自転車も、新しくなっている。
もうよたよたしていない。
スピードも、速い。



そういえば、
よくお母さんに怒られたとき、ナイショだぞって、
僕をこっそりフトンの中に入れてくれたよね。
もちろん次の日には、お母さんに怒られるんだけど、
それでもやめなかった。
二人だけのヒミツがあった、きらきらしてまぶしい、夏。


ぼんやりしていたら、ひょいっとかごから下ろされた。
代わりに自転車を押しているしんちゃんのとなりに並んで歩く。


しんちゃんはずいぶん背が伸びて、
お父さんと変わらないくらいになった。
お母さんといっしょに使っている自転車が、
ぎしぎしと音を立てる。
でも、どんなに大きくなっても、
きれいな女の人に目がいくのは変わらない。

こまったくせだなあと思いながらも
どこか安心してる僕がいる。
いつまでも変わらないでいて欲しかった、
少しだけ乾いた風が吹く、秋。


寒い冬。


あんまり話してくれなくなった。
おさんぽも、少なくなって。
こっちを見てくれることも少なくなった。
見えるのは横顔だけ。
楽しそうな、悲しそうな。
ぼんやりした、困った。
怒っているような、悩んでいるような。

そんな、横顔だけ。

寒い冬。
小屋の中で、ひとりで丸くなっていた、冬。


寒かった冬。
でも、冬は春への始まり。
あたたかな春への始まり。
僕は丸まって、わたあめのようになって、
あったかいうでの中で。
春の始まりをまっている。

たとえそれがほんのいっしゅんのものでも。


かしゃん、という、なにかがたおれる音がして、
僕は目を開けた。
電灯がぽつりぽつりとついた、暗い道の真ん中で、
見なれた自転車が横になっている。


のろのろと首を上げると、しんちゃんの前髪が顔に当たった。
道のはじっこのカベに、
もたれかかるようにしてしゃがみ込むしんちゃん。

その体はひっきりなしにふるえていて、とても寒そうだった。
僕を抱きしめたまま、動こうとしないしんちゃん。
しんちゃんに抱きしめられたまま、動くことができない僕。

ああだれか僕の代わりに、しんちゃんを抱きしめてあげて。


「ごめんな、ごめんなシロ。オラ、何にも出来なかった。」

ぽつりぽつりと、しんちゃんが話しかけてくれる。

「いっぱい病院回ったんだ、でも、どこも空いて無くて。
 空いてるトコもあったんだけど、
 大抵シロを一目見ただけで…何も。
 あいつらきっとお馬鹿なんだぞ。
 お馬鹿だから、何にも出来ないんだ。」

しんちゃん、泣いてるの? ねえ、泣かないで。

「でも、ホントにお馬鹿なのは……オラだ。」

しんちゃんなかないで。

「オラっ……シロがこんなになってるの、気付かなくて…!!
 ずっと、一緒にいたのに…親友だって……思ってたのに、
 なのに!!!」

なかないで、もういいから。

「シロっ…………。」


しんちゃんが泣いている。
僕はなにもできない。
せめて元気なところを見せようと思って、
僕はしんちゃんのほっぺたをなめた。
しんちゃんのほっぺたは、少しだけ早い春の味。



僕がメスだったら、
しんちゃんのために子供を作っただろう。
僕が居なくなっても、寂しくないように。

僕がわたあめだったら、
しんちゃんのためにせいいっぱい甘くなっただろう。
僕が食べられても、甘さが少しでも長く口にのこるように。

僕が人間の手を持っていたら、
しんちゃんを抱きしめただろう。
僕がしんちゃんにもらった、温もりを返すために。

僕が人間の言葉をしゃべれたら。

きっと、いっぱいいっぱいのありがとうとだいすきを、君に。


ひっきりなしにこぼれるナミダをなめながら、
僕はあることに気が付いた。
僕はここを、
今しんちゃんがすわりこんでいるここを、知っている。

ここは、僕と君が初めて会ったところ。
僕と君との、始まりの場所。


僕は待っていた。
あきらめながらも、いつか。
いつか、おっこちたわたあめでも。
おいしいそうだって言ってくれる人が。
ひろいあげて、ぱんぱんってして。
まだ食べられるぞって、言ってくれる人が、来てくれるって。

「シロ。」

名前をよばれて、僕は顔を上げる。
しんちゃんが、笑っていた。
まだまだナミダでいっぱいの顔で、それでも笑っていた。
「シロ、くすぐったいぞ。
 そんなにオラの涙ばっか舐めてたら、
 しょっぱい綿飴になるぞ。
 しょっぱいシロなんて、美味しそうじゃないから。
 だからシロ、オラ、待ってるから。
 今度はオラが待ってるから。」

しんちゃん。

「だから、もう一度、美味しそうな綿飴になって。
 そんでもって、戻ってくるんだぞ。」



だいすき。

ぼくはしんちゃんに抱きしめられながら、
さいごの夢を見る。


もういちど、わたあめになる夢を。

もういちど、おさとうになって、とかされて。
くるくるまわって、あまい、あまいわたあめになる。


目ざめたときに、だれよりも、
君がおいしそうだって言ってくれるわたあめになるために。


ふわふわのわたあめ。
さくらいろの、あったかなわたあめ。
君が大好きだっていうキモチをこめた、君だけのわたあめ。





僕はシロ、
しんちゃんのしんゆう。

十三年前に拾われた、一匹の犬。

まっ白な僕は、ふわふわのわたあめみたいだと言われて。

おいしそうだから、抱きしめられた。

僕はシロ、
しんちゃんのしんゆう。

今度はさくらいろの、
ふわふわのわたあめになって。

君に、会いに行くよ・・・。


    
     (完)