僕は、ある日、中国出身の友達と長身の友達と天王寺で食事をした。通常ならこの食事会は3000円で済むはずだった。しかし、僕は家に出る前に財布の中に10倍ほどのお金を忍ばせていた。それは僕だけがとった行動ではない。共に食事をした中国人と長身の友達も全く同じ行動をしていたのだ。

食事する前から、今夜、僕たちは、未知の世界へ行く架け橋を渡ろうと希望に満ち溢れていた。

僕たちは、食事を済ませると天王寺のホテル街へと向かった。僕は酒を飲むとよく、寒く感じるが、この時は、特にそう感じた。感覚が敏感になってしまっていたのだろうか?それとも緊張していたのだろうか?

そして、僕たちはよく目に焼き付いている18禁のワークを目にした。そこからすぐに直行するハートを僕たちは持っていない。持っていたらそもそもこんなところでうろついてなどいない。

僕たちは、一旦通り過ぎた。その時、僕は、女の人と男の人がホテル前で別れる姿を目にしていた。それから、心に決めた僕たちは信号で折り返し、店に向かった。そして、僕が店に入ろうとした途端、なんとさっき目にした女の人が店から出てきたのだ。僕は、この時、気まずいという言葉はこういうことなのかと実感することに成功した。

僕は店の前で反射的に中学のバスケ部の時、練習したクイックターンのピボットを踏んでいた。店に入ることができなかった。

これで終わっていいのか?僕は頭の中で反芻している。この感覚を僕は何度か体験したことがある。それは初めてのアルバイトの面接に入る前だ。

自分が知らない未知の世界に飛び込む時、いつも感じる感覚だ。

その時一緒に行動していた長身の友達は、未知の世界へ踏み込むことを恐れていた。もう、やめようぜ。この言葉を何度聞いたことか。だが、僕がこのマイナスの状況に呑まれてしまっては道は開けない。僕は、長身の友達を説得した。今日しかないと。中国人の友達は、常に肝が据わっているタイプのキャラだ。何も動じていない。動じるという言葉が彼の脳内には存在しない。

僕らは、もう一度店に向かい、中に入った。カウンターまで、5メートルほどの通路がこの時、50メートルほどに感じる長さだった。僕らは、受付の男性に挨拶をした。しかし、もう営業は終了しました。と告げられた。僕は、この時、極度の緊張感が抜けていくのを感じた。この感覚が快感でもあったのだった。