ひっさしぶりにアメブロを開いたら、管理画面とかちょいと変わっていた!
今日は狂気についてのお話。
結構、狂気は身近にあふれていますよね。
みんな普通に生活してますけど。

勝手にどこからか写真借りてきたけど、イスラエルでは結構よく見かける服装髪型、
ある意味、この格好も現代社会では狂気です。
もみあげ?鬢?なんていうんだろう、この部分だけ切らない。
この写真じゃ、帽子かぶってるから、髪型がよくわからないけど。

帽子をかぶってないかと思えば、頭に丸い花瓶を置くやつみたいな
編み込んだやつとか、丸い小さい帽子みたいなのをのせている。
ちなみに、それはキパという名前。
こういうのとか。
こういうのとか。
日本でわかりやすく言えば、侍が東京にやってきたみたいな感じだよね。
そんなコマーシャルがあったっけ?
本人たちは、至って普通に暮らしているわけで。
どんな恰好で、どんな髪型でと私にとやかく言われる筋合い0。
子供のころ私は、おじいさんとおばあさんと一緒に暮らしていて、
おばあさんは、キッチンドランカーの先駆者みたいな人で、
酔っぱらっていないことが珍しいような人でした。
彼女の人生の終盤は、
私は大学生となり東京で一人暮らしをしていたので、
詳しいことは知りません。
母、愚痴らないのでなおさら全く聞いていません。
酩酊状態で近所で倒れていて、足を折ったと入院した時に聞いたくらい。
この状況も、一緒に生活している人にとっては、狂気以外の何物でもないですね。
おじいさんは、タイ釣りの名人で当時タイ釣りで一代をなした人でした。
私の記憶のあるころには、
すでに名人として釣り好きには有名だったようで、
先生とよばれるおじさんや、
庭の木を剪定に来る庭師の人やらがおじいさんを訪ねてきては、
勝手口に腰を掛けて何時間も釣りの話をしていたのを覚えいています。
このおじいさん、
仕事道具を何でも自分で作るんですが、
大きな網から、小さな釣りの仕掛けまでいろいろ作っていて、
おじいさんの部屋の近くにはよく釣り針やらなんやら落ちていて、
庭に臨時の生けすがあってのぞいたら、ナマコが入っていたり、
まあ漁師の家によくある風景なんでしょうね。
釣りでは天才でしたが、
この人の妄想癖はそれ同様に素晴らしく、
なにとも言えない私のしぐさから事が大事に発展して、
私が悪の道を進むことになり、
母親の教育がとり沙汰され、
しまいには私には憑き物がついているなどと大騒ぎになることなんて
毎晩夕飯の後の行事でした。
今思えば、なんて狂気な有様でしょう。
当時、
おばあさんが酒を飲むのはこの毎日の妄想じじいから逃れるため
なんて思っていましたが、
たぶん妄想とアルコール依存症は相性が良かったのだろうな、
と今では思ったりします。
というわけで、小さいころから狂気と身近に暮らしていたので、
私には、狂気に対する恐怖心が知らず知らずのうちにあったようです。
先日、久しぶりに会った友達の目を見て、
私のおばあさんを思い出し、
彼女の思う、ちょっとしたことが狂気の香りで、
子供のころを完全に思い出したのですが、
妄想というのを多からず少なからず誰しもするんですね。
例えば、Lineのメッセージが既読スルーされると、
あの人は私のことを大して気にかけていないのではとか、
本当は嫌われているのかもしれない、
なんて序の口で、
あの人はほかの友達に私のことをいろいろ話しているのではないか?
とか、妄想癖のすごいところは話がどんどん膨らんでいくところです。
作家なんて商売をしている人たちは、妄想で小説を書いているんでしょうかね?
だとしたら、彼らは妄想の天才。
この時点で私の想像なんですがね。
どこまでが、狂気でどこまでが普通なのか?
そんなもんだれにわかるんでしょう?
そう思ったら、狂気に対する恐怖心が少し変わってきた気がします。
私の狂気に対する恐怖とは、
自分が狂人になってしまったらどうしようという恐怖心でした。
昔から言いますが、
バカと天才は紙一重。
そう、バカも天才も度合いの差はあれ同じ性質を持ってるんですね。
それは妄想する私たちと同じで、
妄想が小説になれば才能と認められ、
妄想がただの言いがかりとなって毎日3時間ほどの妄想タイムが続けられれば、
妻は立派なアルコール依存症として生きていく。
それだけのことなのかな?と。
おそらくあまり深く考えても、
この紙一重というのは絶妙な塩梅の上に成り立っていて、
そこの部分だけに焦点をあてるのでは、
解明できない一大スペクタルなんだよね。
私たちは、宇宙のことについて考えようといわれると、
大きすぎて理解できないかなぁなどと漠然ととらえるのに、
とりわけ身近にある狂気とかなんていう話になると、
あの人は狂っている、なんて簡単に言ってのける。
おそらく何でもかんでも私たちを取り巻くすべてのことは、
宇宙規模なんだろう。
一つ一つを小さくとらえることが宇宙規模だったりもするし、
全体を俯瞰してみることが宇宙規模だったりもする。
要するに、すべてが宇宙規模なんだよ、ただそれだけ。
こんなことをブログに書くことが狂気なのかもしれない、
と思うことももう前ほど気にならなくなってきて、
今日はミッキーマウスの耳をつけて朝幼稚園に行ってきた。
狂人を見ると、人は「あなたおかしいですよ」と指摘してくれないから、
覚えておきましょう。
利江子