義姉はすぐに退院してきて

退院直前の説明の時にもドクターから

「あと数ヶ月の命ですからね！」

と念を押された。

まるで、「そんなの聞いていなかった！」

と後から家族側から言われないように

どのドクターの口からもハッキリと伝えている様子だった。

これ、精神的に動じない

私が聞いているから問題ないものの

もし本当に愛してやまない家族に対して

ここまでハッキリ何度も余命宣告されたら

みんな泣いちゃうよね〜と心配になった。

退院から数日後、訪問医療チームから電話があった。

「こちら訪問医療チームのドクターです。

　明日の午前中伺おうと思いますが、ご予定はいかがですか？」

はい、家におりますので大丈夫です。

翌朝、ドクターがやってきた。

背の高い、物静かで穏やかな人だった。

イタリア人はこういう静かなタイプと

ずっとジョークを飛ばしているタイプの人がいる。

メディアに出てくるイタリア人のイメージは

うるさいかもしれないけれど

実は、こういう静か〜な人も沢山いる。

ドクターは書き物をするらしく

キッチンのテーブルにご案内した。

そして義姉専用のカルテを書き始めた。

現在服用している薬や病状をまっさらなカルテに書き込んでいる

ちなみにカルテはカルタ carta（紙）の複数形でカルテ carte ね。

紙が束になったファイルがカルテッラ cartella、複数形がカルテッレ cartelleね。

プチイタリア語講座でした。

「そして、ドクターは持ってきた大きな紙袋を私に渡して

　これが訪問看護用の薬一式です。

　モルヒネも入っています。子供達が触らない所に置いて下さいね。」

私は、それを聞いて驚いてしまった

もう！？モルヒネですか！？

「はい、いつ痛みが始まっても良いように、こちらに預けておきます。

　私が万が一、すぐに駆けつけられない時には

　あなたに指示して処方してもらいます。

　あなたは点滴はやったことがありますか？」

はい、前回、脱水症状に陥った時に

家で１週間点滴をするように言われて

訪問看護師さんに教えてもらいました。

針さえ刺しておいて頂ければ

チューブの装着はできます。

「注射はしたことありますか？」

はい、退院後に処方される血栓防止の注射なら

いつも打っています。

「なるべく看護師に来てもらうようにしますが

　万が一、夜間で来れない場合は

　あなたに頼むこともあるかもしれません。」

ドクターは、一通り薬の説明を終えて

義姉に挨拶に行った。

そしてキッチンに戻ってきてドアを閉めて

「お義姉さんに病気のことを伝えましたか？」

え？？

あの人に告知したら大騒ぎしてしまいますよ。

だって、世界で一番死にたくない人なんですから

「だけど、この家には子供達がいるから

　最終的にはホスピスに入ってもらうと思います。

　その時にはきちんと告知しておいてもらわないと.....。」

「旦那さんはホスピスに入れることには

　承諾してもらえそうでしょうか？」

もちろん、子供達のことを考えたら

怖がらないようにホスピスに入ってもらった方が良いと思うでしょう。

でも、一応、きちんと話して承諾をもらってから

ドクターにお電話しても宜しいですか？

「はい、そうして下さい。

　きちんと承諾が取れ次第そちらの手続きも始めます。

　来週は看護師も連れてきます。では、また来週！

　何かあったらすぐに電話して下さいね。」

私はドクターを送り出して

何だか脱力してしまった。

モルヒネ

ホスピス

このいつもと変わらない義姉を見ていると

そんなに突然病状が悪化するなんて

全く想像できなかったから.....。

話の展開が早すぎやしませんか？

そんなスピードで、タイムリミットが近づいているんですか？

私は未知なる世界へ足を踏み入れて

足がすくんで動けなくなっている猫のように

宙を見つめるしかなかった。

イタリアの訪問医療チームが来る。