皆さんこんにちは(^^♪
本日も見に来ていただけてとてもうれしいです!
とても重たいタイトルですが、
最後まで見ていただけたら幸いです。
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幼い頃、私は兄と一緒にママの再婚相手に虐待をされていました。
当時小学校低学年くらいだったと思います。
あまり詳しいことは覚えていませんが、
私が幼稚園のくらいのころに実父は自殺して亡くなったと聞いています。
これを知ったきっかけは、
私が高校の受験に受かった時のこと・・・。
「この高校の制服姿を実父にもみせてあげたい!」ってママに伝えたときでした。
ママはゆうも大人になったことだし、
そろそろ話してもいいかな??と言い、
話はじめました。
「ママとパパが離婚したときに、
パパは自殺してしまって既に亡くなっているの。
まだゆうに話すには早いかなと思って言えなかった、ごめんね。
でもゆうももう高校生になるんだね。
そろそろ話してもいいよね??
お兄ちゃんにはもっと早く伝えていた。
でもゆうはとても優しくて、繊細だから深く傷ついちゃうと思ったの。
本当にごめんね。」
ママは私にそう言いました。
正直すごくショックでした。
実父は借金ばかりでとてもじゃないけどいい父親とは言えない男性でした。
それでも女の子の私をとても可愛がっていてくれたと聞いていたので、
いつかまた再会したいと思っていたのです。
私はその当時お付き合いをしていた彼氏に泣きながらそのことを伝え、
慰めてもらい当時その壁を乗り越えた記憶があります。
その彼氏についても今度詳しくお話したいと思っています。
少し話が逸れてしまいましたね。
実父の次に再婚した継父は妹の父親です。
その継父に虐待を受けていました。
私と兄はとても仲が良くて2人で朝早起きをして、
一緒にゲームで遊んだりしていました。
その時鬼のような形相をしていた継父が部屋に入ってきて、
ラジカセを投げつけてきました。
「うるせぇんだよ」と言いながら。
ママはその頃からうつ病を発症していて、
睡眠薬を飲んで寝ていたため気づきませんでした。
私と兄はいつも怯えていました。
この生活は数年続くことになります。
でもなぜ数年に渡ってママが虐待に気づかなかったか・・・??
継父はママが起きている時は一切いじめてこないのです。
寧ろ気味の悪いくらい優しく接してきます。
ママがうつ病ということは幼いながらも兄と私はきちんと理解していて、
ママが心配してこないように、
元気に、笑顔で虐待をうけて傷ついた心を必死で隠していたと思います。
私は子供用のビニールで出来ている家に押し込まれて包丁を向けられ、
兄は継父を怒らせて夜中に家を追い出されたこともあります。
私たちが虐待を受け始めたのは、
妹が産まれてからだと記憶しています。
継父は実子が可愛くて可愛くて仕方がなかったのだと思います。
だから他人の子である私と兄は虐待されました。
暴力、それならまだ耐えられましたが、
一番嫌な虐待は私と兄のどちらか一方だけ可愛がり、残された方が虐待を受けることでした。
この虐待は一定の期間が来たら可愛がる方を変えるのです。
可愛がる方にはお菓子や少し良い食事を与え、
ゲームセンターに連れて行ったりするのです。
もちろん虐待される方はそんなこととは無縁で、
一人で寂しい思いをしながら部屋に閉じこもっているのです。
次自分が可愛がってもらえるのを待つために。
ママはその頃うつ病で入院していた時だったと思います。
今大人になってわかりますが、
当時は怖くて警察にも行けなかったし、
ママにも親族にも助けを求められなかった・・・。
もっと早く誰かに相談していたら、こんな思いはしなくても済んだのに。
でも私と兄はお互いを支え合って当時を乗り越えてきました。
兄とは今でもかなり仲良しです!
そして妹ですが、妹とも今ではすごく仲良く過ごしています!
でも妹とも色々あったので、また今度お伝えしたいと思います。
すごく重たいお話をしてしまいましたね。
最後まで読んでいただけてとてもうれしいです。
今この文章を綴っている間も、
虐待されていた当時のことが頭に蘇って脳内で再生されます。
それでも私はその過去を乗り越えて、今はとても幸せに暮らしています。
だからこそここに残すことができています!
これからも重たい内容が多くなるかもしれませんが、
私は今、とても幸せに暮らしていること、
ここに綴っている内容はすべて乗り越えて思い出に出来ていること、
それを知ったうえで読んでいただけたらと思います!!(^^)
それではとても長くなってしまったので、本日はここまで!!
ありがとうございました★
また次回のブログをお待ちください('ω')ノ