韓国法律・弁護士事務所 法務法人(有)律村(ユルチョン)BLOG

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Ⅲ.信義則に反するか否かに関する判決の動向及び起亜自動車第1審判決が意味すること

全員合議体判決が宣告された後、下級審で信義則抗弁が認められた事例を見てみると、その多くが法定手当の追加負担額が当期純利益を上回っていたり当期純損失を記録していたり、資本蚕食状態(※損失が大きくて会社の自己資本が納入資本より少なくなった状態)である場合 、③最近の経営上の困難からリストラを行ったり、破産宣告を受けた場合など、外観上、経営上の困難をもたらしたり、存立を危うくすることが明白な場合に限定されており、持続的に当期純利益を記録していて、当期純利益、現金及び現金性資産が法定手当の追加負担額を上回る場合に信義則抗弁が認められた事例は、ほぼ見当たりません。

しかし、大法院は、全員合議体判決後初めて宣告された韓国GM事件において、「被告は、自動車の組立・生産を行う会社であり、所属する生産職労働者だけで11,000人余りにのぼり、生産職労働者の場合、延長・夜間・休日労働などの超過勤務が日常的に行われており、本事件の定期賞与が労使合意によって定めた通常賃金の算定基礎となる賃金の年700%にのぼる規模である点などを鑑みると、本事件の定期賞与を通常賃金に算入する場合、被告が追加で負担することになる、超過勤務に対する加算賃金等の法定手当は、賃金交渉当時に労使が交渉の参考資料とした法定手当の範囲を著しく超えるものであり、労働者に追加の法定手当が支給された場合、労働者の実質賃金引上げ率は、賃金交渉当時に労使が相互に了解した賃金上昇率を遥かに上回る可能性があると解される。上記のような事情を総合すると、被告と労働組合は本事件の定期賞与が通常賃金に該当しないと信じ、本事件の定期賞与を通常賃金から除くことで合意し、これを基に賃金交渉をしており、こうした労使合意にもかかわらず、被告に本事件の定期賞与が算入された通常賃金を基に法定手当を再算定させ、すでに支給した法廷手当との差額を追加支給させることとした場合、被告は予測し得なかった新たな財政的負担を負うこととなり、重大な経営上の困難を招くと解する余地がある」と判示し、通常賃金の増加によって会社の追加財政負担額が年間当期純利益の大半を占める程度に達しない場合にも、「重大な経営上の困難」が認められるという立場を明らかにし(大法院 2014.5.29. 宣告 2012116871 判決)、差し戻し審のソウル高等法院は、信義則を適用し、労働者側の請求を棄却しました(ソウル高等法院 2015.10.30. 宣告 201428208 判決)

上記の大法院判決に対し、「重大な経営上の困難」の範囲を拡大したという評価[6]も聞かれますが、「重大な経営上の困難」について、法院が明確な基準を確立したと見るのは難しいと言えます[7]

起亜自動車第1審判決も、「労働者の請求により会社に予測し得ない財政的負担を負わせる可能性は認められるが、2008年から2015年の間、相当な当期純利益を上げ続けており、純損失はなかったという点を根拠に、会社に経営上重大な困難がもたらされたり、企業の存立が危うくなるとは断定し難い」として会社側の信義則抗弁を認めませんでした。これは全員合議体判決後、下級審判決が当期純利益を記録しており、当期純利益、現金及び現金性の資産が法定手当の追加負担額を上回る場合には信義則抗弁を認めないとした判断と同様の判断であると考えられます。

したがって、起亜自動車第1審判決は、信義則に反するか否かについての新たな判断基準を示したというよりも、全員合議体判決の法理を基に、その後に宣告された下級審判決と同じく会社の当期損益率など、客観的な数値に表れる会社の財政状況が信義則の適用可否に関する主な判断指標であることを再確認したものと捉えることができます。

一方、起亜自動車第1審判決は、会社は最近の中国のサード報復・米国の通商圧力などにより営業利益が減少したと判断されるが、会社がこれに関する明確な証拠を示していないという点を信義則抗弁を否定する論拠の一つとして示しており、会社側が控訴審で営業利益の減少など、会社の財政状況(経営危機)をさらに立証した場合に、第1審と異なる結果となるのかが注目されます。

 

[6] 全員合議体判決での補充意見は、通常賃金の引上げ率、実質的な賃金引上げ率、当期純利益を根拠に重大な経営上の困難があると判断していますが、韓国GM判決は、通常賃金の引上げ率と実質的な賃金引上げ率のみを判断根拠にしており、当期純利益には言及していません。つまり、全員合議体判決の補充意見とは異なり、韓国GM判決は、当期純利益に関する明確な言及を行わずに、(i)生産職労働者が11,000人余りにのぼり、(ii)延長・夜間・休日労働など、超過勤務が日常的に行われ、(iii)定期賞与が労使合意により定められた通常賃金の算定基礎となる賃金の年700%にのぼる点を基に、通常賃金引上げ率及び実質賃金の引上げ率が労使間の合意で定められた通常賃金の引上げ率や、労使が相互に了解した実質賃金引上げ率を超える可能性があるため、会社は予測し得ない新たな財政的負担を負うことになり、重大な経営上の困難が生じたとみる余地があると判示しました。韓国GM判決を文言通り解釈すると、上記(i)(ii)(iii)と同じような事実関係にある会社の場合、通常賃金の遡及分支払い後、なお当該年度に相当な黒字が出る可能性がある会社であっても、「予測し得なかった財政的負担」として、重大な経営上の困難が生じたと解する余地があると言えます。

[7] このように、信義則の要件及び範囲に関する議論があるなか、大法院判所は、始栄運輸通常賃金事件(2015217287)2015.10.19.全員合議体に付し、現在審理中です。