トヨタコミュニティコンサートin茨城 茨城交響楽団第116回特別定期演奏会 | 日々音楽など。

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トヨタコミュニティコンサートin茨城 

茨城交響楽団第116回特別定期演奏会

に、今日はお手伝いで参加しました。

トヨタコミュニティコンサート、といって
1981年から、茨城からスタートで、
日本アマチュアオーケストラ連盟と
トヨタ自動車・トヨタ販売会社グループ様が連携して
全国で展開しているそうです。
今回はまた茨城で、20回記念だそうです。
途中は練習に参加していたので
モニターで
「あ、ここ、ここいいいよねやっぱ」
など、ちょっと客席に入って聞く!というタイミングを
「今、今だったよね」と、結局失いつつ(笑)
聞いていました。
さまざまな演出や小芝居もあり
子供たちの合唱が加わったり
高校生のバンダが加わったり
すっごく楽しかったです。
2時間、歌と歌詞を丸覚えって
すごい・・・超絶です。
 
プログラムを見ながら、
バイオリンのO様と
「でもさ、どーーも、このミミの彼氏がね、
なんかこう、亡くなった瞬間にも、ウロウロしてるだけ、とか、
感情移入できない部分があるのよ」
「これ、3幕で『ミミは重い病気なんだ、僕には治療できるお金もない』
って、ミミが『そうなのね!私は病気なのね!じゃあひとりになるわ』って別れちゃって、
それで4幕で亡くなっちゃって、って、なーんかこう、いいのこれ?
このムゼッタの彼氏もさぁ、なんかこう、これってダメンズの話なんじゃない?」
「そうなの、そりゃさ、ロドルフォ自分はお金がない不甲斐無さから、
お金持ちのところへ行けよ、ってのもあるとは思うんだけど。
だからなーんか腑に落ちないのよねぇ」
とかなんとか、言いたい放題していたのですが。
 
その後、
今回の音楽監督の、三枝成彰先生が
打ち上げ懇親会の席で
「ヨーロッパ人は、音楽での、死ぬ瞬間をとてもドライに演出する。
それを日本人は、音楽に、癒し、安らぎ、など、情緒、感情を乗せたがるので
『ひどい!最後に一緒にいないなんて!』と非難する。
だから今回はかなり日本人向けの演出にしたつもり」
と、お話くださって
 
そう、ついさっき、そこをそう話していたわけです
 
なるほど、
「死に向かう時間くらいは、ひとりにしてあげよう」
ということなんでしょうか。
江戸の“粋(いき)な計らい''みたいなもんでしょうか(そうか?)
 
たしかに、死ぬ瞬間っていうのは
たぶん、眠る瞬間と同じで、
「明日はこうしよう」
と同じように、
「次に生まれたらこうしよう」
とか、反省と課題をひとりで考える時間かもしれない。
その瞬間に、あれこれ話しかけたり引き留めたりしないで
ひとりにしてあげる、ってもんなのかもしれない。
眠る瞬間にも、話しかけられたらとっても困るし(笑)

 
または、
「泣くときゃひとりで泣くんだ!」
なのかもしれませんが。
 
と、いうお話が、印象に残りました。
あと、オケピットって、想像以上に狭くて大変なのね
 
ということで
やっぱりソリストさんたちはとてもイケメンでした。音符