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英文学の地下水脈―古典ミステリ研究 黒岩涙香翻案原典からクイーンまで (Key library)
2,750円
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19世紀半ば、南北戦争より前に、エドガワ・アラン・ポーが「モルグ街の殺人」(1841)を発表し探偵小説が芽生えた。19世紀末、コナン・ドイルがシャーロックホームズ作品を登場させベストセラーとなった(1890年代)。第1次世界大戦後、探偵小説作家が輩出し(アガサ、セイモア、ディクス・カーなど)、探偵小説の黄金時代を迎えた。
概観すれば、そうなのだろうがコナン・ドイルが突然現れた訳がない。世紀末の小説事情が、かねがね気になっていた。ウィルキー・コリンズやチェスタトンなど個別に知られている作家はいるが全体的状況は見えなかった。
本書は、そんなフラストレーションをかなり解消してくれる。当時、英国で出版されていたシーサイド・ライブラリー叢書を紹介しており、時の有名作家を概観できる。バルザックやデュマなど仏の作家が多いのもわかる。著者は、明治期に海外小説を日本に導入した黒岩涙香を窓口として、数名の作家について詳述している。現在的視点からすれば、大河もの、ロマンス系が多いようだが、推理小説評論家の著者は、ミステリ風味の作品を嗅ぎ分けて紹介している。
殆どの作家は初耳でありました。そんな時は、知らないのはボクだけではないだろうと慰めながら読み進めるしかないのです。戦国ものを読むようで面白い。
当時、大変なベストセラー作家がいたことが分かる。クリニックが閑だったコナン・ドイルが、小説でも書いて一旗揚げようと考えた事情は十分理解できる。
世紀末に神智学(霊的世界を信じましょうという、あれです)が猛威を振るった状況について書かれているのも興味深い。現在の常識で考えてオミットされがちな社会事象であるだけに詳述した研究書は少ない。ドイルは、晩年、霊的世界に深入りしたことが知られているが、異常視されはしなかった。当時の社会事情を前提としなければ理解できない(本書では、ホームズと霊的世界との関りについては触れられていない)。貴重な論考だと思う。
探偵小説の大家数名について書かれており、S・S・ヴァンダインは英米では忘れられており、ディクスン・カーは日本でミニブームになっていると評価している。両者とも、英米では、一般読者からは忘れられており、マニアックな日本の読者には奉られているという事だと思う。英米でも、ドイルやアガサは現在でも読者が多く、アガサは今でもベストセラー作家だったりする(ドイルは著作権が切れているのでマーケットから出ている)。古いから忘れられるわけでもない。
本書は2009年刊で、2001年以降、各誌に寄稿した評論をまとめたもの。著者の小森 健太朗(1965~)は、日本の小説家、推理作家、評論家、翻訳家で、近畿大学文芸学部准教授。2010年第63回日本推理作家協会評論その他部門賞を授賞している。
英米では歴史的研究書も多いようだが読む機会がなかった。ハワード・ヘイクラフト「娯楽としての殺人」Murder for Pleasureが有名なようだ(訳書あり)。読んでみたいものだ。
本書は比較的楽に、当時の状況を概観できる。推理小説ファンというより、ミステリマニアを自認するなら是非とも読んでおきたい作品である。