![]() |
死の拙文 (創元推理文庫)
Amazon |
![]() |
A Quiche Before Dying (Jane Jeffry Mysteries)
3,836円
Amazon |
ジル・チャーチル(Jill Churchill 1943~)の主婦探偵ジェーン・ジェフリーシリーズ(Jane Jeffry Mysteries)、3作目。1993年発表、日本語版(浅羽莢子訳)は1995年刊。
本シリーズは有名作品のタイトルをもじった題名が売りの一つだが、今回はサスペンス推理小説の古典アイラ・レヴィン(1929~2007)の「死の接吻」A Kiss Before Dyingが元になっている。本書の原題はA Quiche Before Dyingで、キッスならぬキッシュと発音も近い。キッシュは英米ではポピュラーなパイ風の料理だが、日本では知られていない。日本語タイトルは、接吻(セップン)ならぬ拙文(セツブン)としている。料理と文では全く意味が違うが、発音を近づける事を優先させている。しかも、本作品は文章教室が舞台なのでタイトルとしておかしくない。翻訳者の腕の冴えを見せつけている。
本作品は探偵小説の典型、館モノ(孤絶した集団内で、誰かが殺され、誰かが犯人という推理もの)の流れを汲む、推理小説でよく見られる疑似館モノ。本作品では、集団として文章教室が使われている。講師含め、10人の集団内で一人が殺され、3人は探偵なので実質6人のなかで犯人を探すという構成になっている。
とはいえ、ロマンス小説を書いていたジル・チャーチルが探偵小説に挑んだ作品と云う事には大きな意味はない。本シリーズの妙味は謎解きではなく、シカゴ郊外の町で生活して女性たちの生き生きとした生活を味わえる所にある。未亡人ジェーンの一人称一視点なので、彼女の生活、家族、愛(欲?)を巡る悩みに身をつまされる事もあるかもしれない。
作中にロマンス小説作家ミッシー・ハリスが登場する。小説論やロマンス小説家の苦労を語り、不倫までする。ジル・チャーチル自身の投影だと思って読むのも面白い。
この、お気楽さは中年女性のラノベと言ってもいいだろう。会話、キャラクター、人間関係の妙を存分に楽しめる。
ジル・チャーチル作品はKindle版を出していない。日本語版(浅羽莢子訳 10巻以降新谷寿美香訳)が充実しているので原書は不要。
<作品概要>
シカゴ郊外の町に暮らすジェーン・ジェフリーは40代初めの未亡人。夏季休暇中で、長男のマイクは友人と2年後通う大学を探しに見学ツァーに行っている。長女のケイトはプールにバイトに通い、末子トッドは、祖母セイラに連れられてフロリダに遊びに行っている。ジェーンは、留守がちのケイトと二人だけだった。
町役場で「自分史作成講座」を開催するというチラシが回ってきた。講師は知人で地元に住むロマンス作家ミッシー・ハリスである。
ニューヨークの母に知らせたところ、参加したいと言って来た。ジェーンも小説を書いているので参加する積りである。
いつものように隣家のシェリーが来た。同年配で仲良しの彼女とは何件か殺人事件を解決に導いた仲である。
ミッシーが講座の資料を届けに来た。課題で参加者が書いた第1章である。元将軍夫人のアグネス・プライスだけは自費出版した本だった。
話を聞いて、シェリーも参加する事になった。姑からファミリーの資料をまとめるように責めたてられているのだと。
ジェーンの父は外交官だったので、子供時代のジェーンは1年以上同じ国にいた事がない。母は父に付き添い、寂しい子供時代だった。母セシリー・グラントが来てしばらく同居する。ジェーンにはわだかまりがあった。
母が来た。相変わらず優雅で気品がある。資料を見ながら、プライス夫妻に大使館時代知遇があったと言う。将軍は、おおげさで無礼。夫人は傲慢だったと。ハワイ時代に子供ができた家政婦を首にして自慢していたと言った。プライスの本には、太平洋戦争中、フィリッピンの捕虜収容所に入れられ、二人の赤子のいる若い母親が配給所からミルクを盗んだのを日本軍に告発した。母親が拷問され死亡したのは不運だが、社会常識を守れないのなら仕方ないと書いていた。鬼のような女だ。
母は、無視すればいい事と、講座参加をやめるとは言わなかった。
5回シリーズの講座が始まる。夕刻、ジェーンと母、シェリーは町役場の地下に行った。普段は交通裁判所の部屋に机といすを並べて教室にしていた。
既に最前列中央にプライスが座っていた。ジェーンは会った事はなかったが、感じの悪さを匂わせる雰囲気ですぐに分かった。母セシリーは、挨拶に行ったが、プライスは「知らない」と言った。皮肉を言ったが母は優雅に切り返した。
ボビー・ニューフィールドが来た。中年の堅苦しい男性である。プライスはホモを示唆するようなあてこすりを言った。
ルース・ロジャーズと妹のネオミ・スミスも来た。姉妹は長年離れ離れになっていたが、2年前互いの消息が判明し、一緒に暮らしている。ルースはボビーに挨拶に行った。事情を知らないネオミはプライスの隣に座った。プライスは「癌患者は隣に来ないでくれ」と言った。ルースは「癌じゃなく、感染するような病気でもない」と怒ったが、ネオミは弱々しく微笑んで席を移った。彼女は血液の持病を抱えており、衰弱していた。
異国風の衣装でデジレ・ロッタスが颯爽と入ってきた。大柄な彼女は大胆で饒舌である。プライスは「ヨッパライ!」と罵った。デジレは気にしているようには見えなかった。
町長のグレイディが来た。トランプの制作を仕事にしている明るい中年独身男である。プライスは「よく顔を出せたものだ」と言い出し、町の金を横領しているとまで言った。
講師のミッシーは無視して始めようとしたが、プライスは「あなたのようなエロ作家は講師にふさわしくない」と言い出した。プライスの方がふさわしいと言いたげである。ミッシーは黙殺して講義を続けた。
プライスは、みんな明日食事に来るようにと言った。表立って抗弁できる者はおらず、食事や飲み物の分担を決め、ジェーンはキッシュ、シェリーはサラダを持っていくことになった。
その夜、長期出張から戻ったメル・ヴァンダイン刑事から会いたいと電話があった。ハンサムなメルとは事件を通じて知り合い、心を通わせる中になっている。デートに踏み切るには躊躇するものがあるが、講座が終わった後、会う約束をした。
プライス邸に食事や飲み物を持ち寄って食事会が始まった。プライスが長年集めた小物、土産品で溢れた居間のテーブルは広くはなく、各自がキッチンに通って皿に盛って来るのである。高齢の家政婦マリア・エスピノーサはプライスの給仕すらままならない。講座参加者全員が出席しているので部屋は混雑した。
夕刻、講座が始まる。プライスは最前列中央に座っていた。喋りもせず、動かない。救急車を呼んだが死んだ。食中毒を疑い、プライス邸に行き、マリアを探した。彼女は話している内に倒れ病院に運ばれた。命は取りとめたが重体だった。マリアはプライスが食べ残した食事を食べていた。
他の参加者に異常はなかった。警察の捜査が始まった。ジェーンに会いに来たメルは、その場で事件に向き合う事になり、デートに発展する望みは消えた。
毒殺だったが、毒は千種類以上ある。特定は難航した。
プライスには敵が多かった。だが、犯人は食事会の参加者の中にいる事は明白だった。参加者もプライスを嫌っている者ばかりである。
ジェーンとシェリーは、各々に話しを聞きに行った。それぞれがプライスを恨む事情を抱えていた。ミッシーとグレイディの情事など、知ってはいけない事も知ってしまった。
ジェーンの車にプライスの本があった。ジェーンには不思議だった。
裏のバルコニーのテーブルに鳥かごが置かれていた。不思議だったが、ジェーンは意味があると思った。
花屋から、立派な盛花が届いていた。ジェーンはメルからと思ったが、確認するとメルではなかった。花屋も届けていないという。調べると花はアコニット(トリカブト)だった。
推理が当たっていない事を祈りながら、ジェーンはメルに講座参加者の出生届を国務省に確認するよう依頼した。海外出生者の届けは国務省が管理している。
その日の教室にメルが来た。国務省から連絡が来るまでと全員を足止めした。ネオミ・スミスがフィリッピンで戦争中生まれている事が判明した。プライスが日本軍に告げたため死んだ母親の幼子だった。
ルースは子供のいない夫婦に引き取られ真っ当な人生を歩んだが、ネオミは養家を転々と回され、2軒では性的虐待も経験している。短い結婚生活の後も悲惨な生活だった。未亡人となっていたルースと出会い、平安な人生と出会えたのだった。
老いた二人は各々、自分史を書いた。一冊にするのが難しいので講座に参加する事にしたのだ。渡されたプライスの自伝を読んだネオミは母の死を導いたのが彼女だと知った。許すことが出来ず、庭のトリカブトから抽出した毒を食事会の混雑の中、プライスの皿に入れたのだった。
捕虜収容所で母親に死なれた赤子を育てたのはマリアだった。ネオミはマリアを巻き添えにしたことを悔いた。
ルースはネオミが毒を入れるのを見ていた。彼女は誰よりも倫理感の強い女である。だが、ネオミは何よりも大事である。ネオミの気持ちも痛いほどわかる。自分の気持でもあるのだから。苦悩した。
ジェーンに本、鳥かご、花を送って謎かけをした。プライスの本の中に理由があり、鳥かご(捕虜収容所)だと示し、殺しの手段を暗示した。
ジェーンが気が付かなくても、ルースは誰かに言ったという事で心が休まる。気が付いたとしても、理由を知ればジェーンも黙ってくれるかもしれない。
刑事メルはネオミを逮捕した。ルースは泣きながらネオミを抱きかかえていた。