ジェフリー・ディーバー(Jeffery Deaver、1950~ )はシカゴ出身の米国推理小説作家。ジャーナリスト、フォーク歌手、弁護士をなどを経て現在は作家専業。25か国語に訳され150か国で読まれているベストセラー作家。世界販売部数5千万部とのこと。

 本作品はリンカーン・ライムシリーズの2作目で1998年発表。サスペンススリーラー作家としてのディーヴァーらしさが如実な作品。「コフィン・ダンサー」とは奇妙なタイトルだが、作中の殺し屋が胸に棺桶の前で踊る者の刺青をしているから。

 業務上の事故で全身麻痺となった元NYPD科学捜査部長リンカーン・ライムと「コフィン・ダンサー」と呼ばれる殺し屋との駆け引きを描いた推理小説で、設定は物理的にアームチェア・デテクティブ探偵小説である(ライムはアクション出来ないのだから)。ネロ・ウルフのアーチー・グッドウィン役を務めるのは若き美人警官アメリア・サックスである。

 ストーリーは3人称多視点で進む。被害者、ライム、アメリア、殺人者の視点など。殺人者の視点が巧妙で、最初にスティーブ、次いでコフィン・ダンサー、ジョーディと変わっていく。コフィン・ダンサーはジョーディなのだが、後半までスティーブと思わせるのである。探偵小説に叙述トリックは多いが、ディーヴァーはスリラーに叙述トリックを巧く活用している。
  
 ディーヴァー作品らしく叙述は詳細である。銃器や爆弾についてはもとより、本作品ではリアジェット機、操縦の描写が圧巻である。キカイものの好きな読者は、それだけでも読む値打ちがありそうである(ボクも大好きです。飛行機の操縦は出来ませんが)。

 本書は日本語版(池田真紀子訳)があり、上下巻あり、やや長いがテンポが良く読み易い。Kindle英語版はシリーズ1-4巻パック版がありお薦め(1冊分で4冊買えます。間違っても1冊づつ買ったりしないように)。ディーヴァーは大衆小説作家で文学者ではないので、原書も比較的楽に読める。


<作品概要>
 リンカーン・ライムはニューヨーク市警(NYPD)科学捜査部長だった5年前、地下鉄内の殺人現場で現場検証中、爆発が起き負傷、全身麻痺となった。左手の指が僅かに動くだけである。目や口、耳に損傷はなく、何より大事な頭脳は傷つくことはなかった。セントラルパークの東側のタウンハウスの2階のベッドが主な生活場所である。ベランダからは公園が望めるが、出る事はないので鷹が巣をつくりライムを覗くようになった。エレベーターで降りると1階には科学捜査機器が備えられ、ライムが操縦できる車イスがある。ライムは狷介で皮肉屋である。介護士のトムが、取り扱いの難しいライムを巧妙に躾けて世話をしている。

 天才的鑑識員だったライムは、民間人となった今もNYPDやFBIから事件捜査の相談が持ち込まれ、現在の科学捜査部長メル・クーパーがライムのタウンハウスに出向いて分析を担当する。NYPDは巡査アメリア・サックスを鑑識課に異動させ、ライムの専属にした。アメリアは、元モデルでスピード狂、男性関係で傷つき、父親と同じ警官になったものの巡査仕事に意味を見い出せなかった。ライムは、アメリアをNYPD随一の鑑識課員に育てたいと思っていた。最初は嫌がったアメリアだったが、前回の事件でライムへの敬意と思慕を育んでいった。だが、銃の名手でアクション好みのアメリアは持病の関節痛にも関わらず、ライムの心配をよそに鑑識課員に留まらないのだった。

 ニューヨーク、ウェストチェスター郡のママロネック地域空港(仮想)をハドソン・エア・チャーターズ社は本拠地にしていた。エドとパーシーのカーニー夫妻とロン・タルボットが共同で経営しているプライベートジェット運用会社だった。彼らは海軍の元パイロットで、ロンは持病の為、操縦はせず経理を主に担当していた。経営は厳しい。USメディカル社との契約が成立すれば楽になる。移植用内臓を時間内に全米に配送する仕事で、1カ月運用して問題がなければ本契約の予定だった。保有のリアジェット機の1機の座席を取り払い、配送専用機に改装済みだった。エドがシカゴ、オヘア空港に飛んだ。エドのリアジェット機はオヘア空港着陸のため降下中爆発、墜落した。爆弾が仕掛けられていた。

 ライムはFBIのフレッド・デルレィから依頼されて失踪した潜入捜査官の調査をしていた。NYPDの捜査官ロン・セリット―と部下のジェリーバンクスが来訪してリアジェット機爆破の捜査を依頼した。

 エドとパーシー、彼等の友人で同社パイロットのブリット・ヘイルは、武器密売商人フィリップ・ハンセンが飛行機から証拠のボストンバッグを海に捨てる現場を目撃し、大陪審で証言する事になっていた。犯行は、ハンセンが依頼した殺し屋によるもので、手口からコフィン・ダンサーだと思われた。正体は不明だが、騙しの手腕に長けた殺人者で警官の犠牲者も多かった。現場で鑑識作業中の鑑識課員が屑籠を動かして爆発、ライムの部下たちが犠牲になった事件もあった。コフィン・ダンサーはライムにとっても因縁の相手だった。

 NYPD、FBIはパーシーとヘイルを守るため、証人保護のために密かに設けているイーストサイドのタウンハウスに送り、NYPDの捜査官ベルや警官たちが警護した。ライムは、二人は警察署にいるように見せかけた。

 殺人稼業スティーブは、会社の会話を盗聴しておりライルの計略を見破ったが騙された振りをした。ライルは見破られたことが分かったが騙されているふりをして、タウンハウスの周辺をSWATに捜索させた。スティーブはタウンハウスの隣のビル地下から侵入しようとした。地下室に気弱そうなホームレスがいた。捜索に来た警官に見つかり殺した。ホームレス、ジョーディに金を払い、地下室から地下鉄に続く道を案内してもらった。ジョーディはビルの上階にある診療所のサンプル薬を盗んで売っていた。廃棄された地下鉄の駅の、ジョーディの棲家でスティーブは彼とは神経が通じるのを感じた。スティーブは義父に厳しく狩りを覚えさせられ、蛆虫に殺される思念に脅える孤独な男だった。

 ホームレスとして潜入していたFBIデルレィがジョーディを確保した。スティーブはいなかった。ジョーディはスティーブから携帯電話を渡され、タウンハウス見張り、深夜二人が移送されるため出てきたら連絡する事を1万ドルで約束していた。ライムは、ジョーディに連絡させスティーブが狙撃した所を逮捕する段取りを整えた。

 連絡を受けたスティーブはジョーディがタウンハウスにいるにを見ていた。信号を送って携帯電話を爆破した。ライムは携帯電話に爆薬が仕込まれている事は分かっていた。だから、窓際で爆発するようにしていた。予想外に爆発は大きかった。消防車が駆け付けた。ライムは警察署には通報していたが消防署には連絡していなかった。ライムは消防員に扮してコフィン・ダンサーが襲うと思った。騙しの達人コフィン・ダンサーなら、そう動く。だが、不自由なライムはすぐにタウンハウスにいるアメリアやベルや連絡出来なかった。時間だけが経過した。

 消防服のスティーブは窓から飛び込み、ヘイルを射殺した。パーシーはベルとアメリアがかろうじて守った。スティーブは急いで消えて行った。

 アメリアは現場検証した。スティーブは当たれば爆発する手作りの爆裂弾を使っていた。不良品らしく、爆発していない銃弾を回収した。丸められた火薬を取り出し微かな指紋を抽出した。データベースに一致する者がおりスティーブ・ケイルだった。義父が残酷に扱っていた母の死の2カ月後、義父を木に縛り付け蛆がわくままにしておいた。見ていた16才のスティーブは逮捕されたが義父は死んだ。

 ようやく、コフィン・ダンサーに名前が与えられた。

 パーシーは予定のUSメディカル社の貨物運送を主張した。契約が無効になれば、資金繰りが苦しい会社はなくなりエドの死も無駄になる。会社の整備士は辞めて行った。整備士資格も持っているロンが必死にリアジェット機を改装している。ライムはパーシーの心情を理解し、ベルが警護し、警官たちは格納庫を警備した。手配していた部品・装備が届き、過労で倒れたロンに代わり、パーシーが整備して出発に間に合わせた。パーシーは元海軍のジェット戦闘機乗りで、ジェット機運用に必要なすべての資格を持っている。

 パーシーは副操縦士とベルと共にシカゴに飛び立った。

 イリノイからエドのリアジェット機の残留物が届いた。リアジェットでは使わない合成ゴムの微粉があった。時計の破片が発見されたので時限爆弾とされていたが、ライムは高度に爆発する仕掛けだと見破った。コフィン・ダンサーのやりそうなことだ。パーシーのリアジェット機に時限爆弾がないことは綿密にチェックしたが無意味だった。

 ライムはパーシーに連絡し、エドのリアジェット機が爆発した5千フィート以下に降下しないように指示し、デンバー空港に向かわせた。デンバー空港は高度は高いが遠い。燃料はぎりぎりである。空港の近くで燃料はなくなり、パーシーは管制官と連絡を取り合いながら、工夫と冒険で着陸させた。3人がリアジェットを離れたところで爆発した。

 ハンセンを訴追している検察官レジ・エリオポリスは証人が殺され怒っていた。令状を用意し、強引にロングアイランドの証人保護施設にパーシーを移させた。コフィン・ダンサーに狙われているジョーディも一緒だ。地元の警官たち多数で警護している。パーシー警護専属のベルと、ライムに指示されてアメリアも付き添った。

 セントラルパークでコフィン・ダンサーの手口と思われる死体が発見された。顔が潰され、裸で、両手が切られていた。身元確認が出来ない。ライムはペニスを調べさせた。鑑識のアル・クーパーは、被害者が殺される前に立ちションに行ったことを祈った。指紋の片々が採取され、繋ぎ合わせてデータベースで検索するとスティーブ・ケイルだった。

 本物のコフィン・ダンサーはジョーディ以外ありえなかった。

 ジョーディは保護施設で深夜動き始め、護衛の警官たちを次々に殺していった。ライムから連絡を受けたアメリアは警官たちが抹殺されたことを知り、窓から脱出した。パーシーを連れたベルも一緒である。テレスコープ付きのライフルを持ったジョーディが撃ってきた。明け方、アメリアはジョーディに銃弾を撃ち込んだ。彼は逮捕された。彼は100万ドルで3人の殺しを請け負っていた。

 ダイバーが海からハンセンの投げ捨てたボストンバッグを回収した。武器密売の証拠には足りなかった。検察官エリオポリスは訴追を諦めた。

 ライムはコフィン・ダンサーに依頼したのはハンセンではないと知った。彼は、ボストンバッグの中を知っており訴追されることはないと分かっていた。証人殺しに100万ドルも出すわけがない。殺し屋は買い手市場で彼なら2~30万ドルで始末できよう。依頼者は素人だ。

 コフィン・ダンサーが逮捕され、ライムの部屋に来たパーシーに共同経営者のロン・タルボットを呼ばせた。パーシーは会社は売るか精算するしかないと暗かった。

 ライムは、パーシーの承諾を得て押収した会社の帳簿を調べさせ、ロンが数百万ドル横領している事実を指摘した。海軍で同僚だったロンは、パーシーをエドに取られ、持病で空を飛ぶことも出来なくなっていた。心の闇がロンを犯行に走らせたのだった。

 リアジェット2機に爆弾を仕掛けたのもロンだった。逃れなくなったロンは銃を向けた。即座にアメリアが銃殺した。パーシーは友ロンを抱きかかえた。会社にはUSメディカル社との契約がなくとも充分に操業して行ける資金があった。

 アメリアはライムのベッドで寄り添った。ライムは、前妻と別れる前、愛していたクリア・トリングがいた。彼女には関係は冷めていたものの夫と娘がいた。コフィン・ダンサーの事件現場で屑籠を動かして仕掛けに引っ掛かり死んだ部下の一人が彼女だった。市警のロン・セリットーやFBIのデルレィがコフィン・ダンサーに執心するライムを心配していたのも事情を知っているからだった。

 ライムはアメリアに話しながら、彼女のキスを受け入れた。