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さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
1,028円
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レイモンド・ソーントン・チャンドラー(Raymond Thornton Chandler, 1888~1959)が1940年に発表したフィリップ・マーロウ長編作の2巻目。
日本語版タイトルは清水俊二訳は「さらば愛しき人よ」で村上春樹訳は「さよなら、愛しい人」 清水俊二は文語で訳しているわけではないが、チャンドラーのやや気取った雰囲気には合っている。。村上春樹訳の方が原文に忠実のように感じる。
チャンドラー作品では「ロンググッドバイ」を最も好きな作品とする愛読者が多い。だが、負けず劣らず人気があるのが本作品である(もの悲しい「湖中の女」だと言い張る者もいるし、「プレイバックで決まりでしょう」とする言もあるしで定評はない)。
本作品抜きにはチャンドラーは語れない代表作である。
本書の中で、唐突に、マーロウが不器用な巡査に「ヘンミングウェイ」と呼びかける場面が出てくる。巡査は「誰だ、そいつは。俺にはちゃんとした名前がある」といぶかる。
チャンドラーが、ヘミングウェイを敵視していた、からかったとも読める内容である。少なくとも親愛の表現ではなさそうである。
シンプルでカラッとした文体の共通性もあり、チャンドラーとヘンミングウェイは批評家の好餌であった。チャンドラーがヘミングウェイより10歳以上年上だが、デビューはヘミングウェイの方が早い。パーティで出会って挨拶はしても話はしなかったという逸話も残されている。親しい関係でなかったことは事実のようである。派手できらびやかなヘミングウェイと、文学に挫折し、インテリ志向で世間を斜めに見がちな(あくまで個人的見解です)チャンドラーとでは相性がよくなかったのは当然であろう。1962年にヘミングウェイがノーベル文学賞を受賞したときチャンドラーは既にこの世の人ではなかったのは幸いかも知れない。
チャンドラーは作中のキャラ作りが上手いのだが、本書では際立っているように思う。大男の怪人ムース、元警察署長の娘アン、ジゴロのマリオット、謎の占い師と付き人のインディアン、街を支配するマフィアでハンサムな小男ブルーネット。興味あるキャラは無気力な老朽ホテルの老人、飲んだくれの未亡人、腐敗した刑事、謎の精神科医などの端役もなおざりではない。それぞれが主役を務められるだけの際立ったキャラを与えている。名優総出の大歌舞伎である。
マーロウの相方の殺人犯ヴェロマは場末のショーガールからラジオ局、大富豪の妻と変転した男たちを操ってきた女である。マーロウの一視点なので、彼女の愛や悲しみが語られることはない。だが、不条理な運命を自分の力だけを頼りに必死に駆け抜けてきたことは間違いない。チャンドラーが愛したキャラではないかと思うのである。
チャンドラーは、最後に惜しげもなくヴェロマを殺してしまう。残念である。なんとか、もう一度会ってみたいものである。
本書は日本語版も原書も何回か読んだ。読む度に新たな発見がある。深いのである。ヘミングウェイは、手にする度に数十ページ目で眠くなり永遠の積読本になっている。
<ストーリー>
マーロウはベイシティ(サンタモニカ市がモデルの仮想の街)で聞き込み中に挙動不審の派手な身なりの大男に出会った。とあるバーの場所を聞かれたがマーロウは知らなかった。バーを見つけたらしい大男は店へ入ろうとして「入れるのは黒人だけだ!」と断られた。強引に押し入り用心棒と押し合いになったが叩きのめした。マーロウも一緒に店に入った。大男は通称ムース、名はマロイで、銀行強盗で8年入っていた刑務所から出てきたばかりだった。ムースはバーテンに「ヴェロマはどこだ?」と聞いた。バーテンは知らない。ムースはオーナーの事務所に押し入った。銃声。カウンターで飲んでいたマーロウが事務所に行くとオーナーのモンゴメリーは自分の45口径で撃たれて死んでいた。ムースを撃とうとして殺されたようだ。マーロウは警察に通報し、ムースは逃げた。
ベイシティ警察の担当ナルティ刑事は被害者が黒人なのでやる気がなかった。ムースは目立つ。すぐに捕まるはずだった。
マーロウはバーの向かいの古いホテルに聞き込みに行った。受付の老黒人はバー「フロリアン」は8年前はマイク・フロリアンがオーナーだったが、死んで店は売られ黒人専用になったのだと話してくれた。
マーロウはマイクの未亡人ジェシーの郊外の住所を調べ、ヴェルマの行方を聞きに行った。だらしなく酒浸りのジェシーは、みやげのジンにつられて、アルバムを見せてくれて「フロリアン」時代を語ったがヴェルマは死んだという。ジェシーが酔いつぶれたので寝室を探したマーロウはアルバムから抜き取られていたヴェルマの写真を見つけた。
ハリウッドの事務所に戻ったマーロウに仕事を依頼する電話が入った。強奪された宝石を買い戻す金の受け渡しの付き添いだという。マーロウは依頼人のリンゼイ・マリオット宅に行き、夕方、車に同乗して受け渡し場所に向かった。宝石は名の知れた翡翠で、持ち主の女とマリオットがパーティからの帰途襲われて盗られたのだった。市場で売るのは簡単ではなく、犯人は買い戻しを持ちかけるのが普通なのだという。私立探偵マーロウは電話帳で調べたと。
待ち合わせ場所に相手はいなかった。暗闇でマーロウは殴られ昏倒し、気づいた時には金はなくなっていた。現場に近くに住むアン・リオーダンがドライブに来ていてマリオットが殺されていると教えてくれた。アンと現場を調べたが、持ち物は全て残されており強盗ではなかった。マリオットはマーロウの名刺を持っていた。ジェーシーに渡したものだった。
マーロウは、面倒にならないようアンの事は伏せて警察に通報し、刑事ランドールの事情聴取に応じた。警察が回収した証拠品からマリオットが持っていたマリファナが消えていた。
翌朝、マーロウが事務所に出るとアンが待っていた。アンは元ベイシティ警察署長クリフの娘で、ギャングのリアード・ブルーネットが汚い金でベイシティ市長を当選させたあと左遷されて亡くなっていた。刑事ランドールは父の信頼していた部下で、アンは事情を聴きだしており、宝石強奪犯が頻発していることも知っていた。アンの仕事はリポーターだという。アンは翡翠の持ち主を調べていた。ハリウッドの大富豪ルーイン・ロックリッジ・グレイルの妻だという。彼女はグレイルが持っていたラジオ局で知り合い5年前に結婚していた。
アンはマリオットのマリファナをくすねていた。死者の名誉のためだと。マーロウは細く巻かれたマリファナ煙草を調べた。なかには占い師ジュールズ・アムサーのPRが巻き込まれていた。アムサーの住所はマリオットの所有地だった。マーロウは面会の予約をした。
アンは宝石の記事を書いているからとミセス・グレイルにインタビューを申し込み、マーロウを誘った。アンは頻発している宝石強奪犯に興味があった。
マーロウはグレイル夫妻を訪ねミセス・グレイルに宝石強奪の事情を聴いた。マリオットは、彼がアナウンサーをしていた時に知り合った、長い付き合いの友人だという。ハンサムでスマートなマリオットは、今では女達を渡り歩き、恐喝していたのだと言う。ミセス・グレイルはマーロウを誘惑しキスした。席を外していたグレイルが戻ってきたが彼女は動じなかった。夫は、彼女のやること全てを許しているのだという。マーロウはその夜のパーティの同伴に応じた。
事務所にアムサーからの迎えの車が来て、用心棒のインディアンのセカンド・プランティングがマーロウを高級住宅地にある邸宅に連れて行った。アムサーは悩みのある名士の婦人たちを薬で操っていた。マーロウにマリオット事件の捜査状況を聞いたが答えないのでセカンドが痛めつけた。
アムサーはベイシティ署の刑事達を呼び、マーロウを引き取らせた。刑事達は署に連行する途中マーロウを殴って昏倒させた。目覚めたら精神病院の病室で拘束されていた。
マーロウは「火事だ!」と叫んで、ドアを開けた監視員を殴りつけ、逃げ出した。ドアの空いた一室に無気力なムースを見かけた。奥には院長ソンダボーグの事務所があった。マーロウは銃を突き付けて事情を聴きだした。
数ブロック歩いてベイシティ市内のアンの家に行き、「泊まって」というアンに自宅まで送ってもらった。
翌朝、アンから話を聞いた刑事ランドールが来た。マリオットは宝石強奪犯の一味だという。マーロウは、マリオットが金を渡しているジェーシー・フロリアンや殺人で手配中のムース、ヴェルマの話をした。初耳だったランドールはジェーシーに話を聞こうとマーロウを誘った。ジェーシーは死んでいた。
隣家の酔っぱらいジェーシーを監視している老女からの報告で、マーロウがジェーシーを訪れた後、ムースがジェーシー宅にいた事は分かっていた。ジェーシーの死はムースの手口だった。怪人ムースはやさしく触れた積りでも並みの人間は飛ばされてしまう。
ムースが強奪した銀行はムースに懸賞金を付けていた。フロリアン夫妻は密告して懸賞金を得ていたようだった。マリオットからは定期的に現金書留を受け取っていた。ジェーシー宅はマリオットの抵当権が付けられており、時価を上回る融資がされていた。
マーロウはベイシティ警察ジョンワックス署長に会い、アムサーに買収されている刑事達やソンダボーグ医師の件を話したが取り合おうとはしなかった。だが、署長はマーロウがグレイルの知人だと知っておろそかにはしなかった。ギャング、ブルーネットが支配している街なのだ。ブルーネットは有力者達が集うクラブ「ベルヴェディア」と、州の境界外に停泊しているパナマ船籍の賭博船2隻を所有していた。ここに手を出すことは許さなかったが、他の事には関心はないようだった。
マーロウは、正義を愛したためにベイシティ警察を放逐された元警官レッドに助けられて賭博船モンテシート号に侵入する。「リアード・ブルーネットに会わせろ」と。
マーロウはブルーネットにムースへの伝言を頼んだ。ブルーネットは、船への侵入経路を聞き、「男は知らないが、伝えるよう努力する」と応じた。
自宅に戻ったマーロウは、ミセス・グレイルに来るように電話した。伝言を聞いてムースが来た。ミセス・グレイルが来たので、ムースには奥に隠れてもらった。
マーロウは彼女にマリオット殺しの捜査情況を説明した。恐喝されていたのだろうと。彼女は「マリオットは始末しなければならなくなった」と言いながらバッグから銃を出した。
「ヴェロマ、ヴェロマ、声で分かったんだよ」と奥からムースが出てきた。喜びにあふれていた。ヴェロマは「トンマ!」と言い放ち、ムースは「俺を売ったのは、お前だったのか」と悟った。ヴェロマはムースを撃って逃げた。
マーロウは刑事ランドールに通報した。警察は指名手配したがヴェロマの行方は知れなかった。
アムサーは国際的詐欺師で既に指名手配されており、逃走中ニューヨークで逮捕された。ソンダボーグ医師は逃走し、行方は知れなかった。
ボルティモアの刑事がナイトクラブのショーに指名手配犯を見つけた。うかつにも彼は一人で楽屋に行きヴェルマを問い詰めた。ヴェルマは彼に銃弾を浴びせ、最後に自分の胸を撃ち死んだ。
マーロウはランドールから経緯を聞いた。ランドールは「グレイルのもとに戻っていたら、ベイシティの陪審は無罪にしただろうに」と言った。