ジェシカ・ベックのドーナツ・ミステリーシリーズ第8巻.。2012年に出されている。本シリーズはノースカロライナの山沿いの小さな町エイプリル・スプリングス(仮想の町)でドーナツショップを営むスザンナ・ハートをメインキャラとしたコージーミステリーである。目新しい舞台(ドーナツショップ)、女性素人探偵、捜査せざるを得なくなる事情、愛憎のサブプロットへの深入り、試行錯誤(当たって砕けろ)の捜査、意外な犯人が自ら姿を現す、等々のコージーの基本に忠実である。各巻にドーナツのレシピが添付されており、舌ではなく文章で味わえる。小説内では、他の料理系コージーに比べ蘊蓄度は低い。ドーナツショップの世界は、ジャーゴンにも限りがあり異世界度は低いという事であろう。
本シリーズは2019年発売の「Counterfeit Confections」が41巻目となる。年間5冊前後発売されており、ミステリのシリーズと考えれば異例のピッチである。だが、本シリーズはミステリのフォーマットを用いたラノベである。米国での読者層は不明で、小中学生か暇な主婦なのかも分からない。愛情描写があるものの健康的なので高校生、あるいは健全な一般人なのかもしれない。
日本語版(山本やよい訳)は第5巻まで出ている。2014年で一段落しているので続行は期待薄かもしれない。
ロスやニューヨークを舞台としたハードボイルド小説と違い、ギャングや法律を悪用する弁護士などは登場しない。つまり、方言(悪い英語)や日本語で言われても意味不明な叙述はない。わかりやすい。
ミステリなので殺人や暴行シーンはある。当然、悪役も登場する。だが描写は軽い。著者は意図的に、憎悪は深めず、愛と友情は唄い上げるように努めているかに見える。
健全なミステリである。マニアックではない推理小説ファンの健康的な時間消費に最適な一冊である。
<ストーリー>
スザンナの親友グレースの恋人ピーター・モーガンはハンサムで人当たりが良いが、裏表を感じさせた。グレースは夢中なので、スザンナは自分の感想を彼女に言う事はなく、好きになるように努めていた。
スザンナは朝3時にはドーナツショップに出勤して当日販売するドーナツ作りをするので夜7時が就寝時間である。
7時前にグレースが泣きながら来た。「ピーターと別れた」と。ピーターがシャワーを浴びに行っている時に携帯に電話が来たので出た所、町で男癖が悪いと評判のリアからだったと。怪しんで通話履歴を見たら女達との通話が多く、ピーターに説明を求めたら説明が出来ず怒った。グレースは絶好を言い渡して追い出したのだった。グレースは強い女、スザンヌに話して、歩けば10分程度の自宅に戻った。
明け方、スザンヌが店に行くとドアやガラス窓は黄色のペイントがかけられていた。警察に通報した。
ピーターが、スザンナの友人トリシェが経営するボックスカー(客車を改造したレストラン)の裏で死んでいるのが発見された。スザンナのドーナツショップ「ドーナツ・ハート」にペンキをかけた後、近くのボックスカーまで行った所で後ろから角材で殴らていた。
ピーターはグレースに追い出されて、ボックスカーに行き、閉店まで飲み、トリシェに締め出された。ピーターはグレース宅に戻って復縁を求めたもののグレースにビンタされ、近くにあったペンキを持って「ドーナツ・ハート」に行っていた。
スザンナの母ドロシーの恋人で警察署長のフィリップはグレースに事情を聞いたものの帰した。だが、町ではグレースが第一容疑者と噂された。スザンナとグレースは数々の事件を解決してきた。今回もまた事件解決に必死にならざるを得なくなった。「ドーナツ・ハート」は6時に開店して11時まで営業する。捜査は、その後になる。ドーナツ作りを手伝っていたエマは大学にいったので、新たに中年女性のナンを雇った。スザンナはナンが慣れるまでは店の心配もしなければならない。グレースは化粧品会社の管理職でトップセールスである。仕事は有能だがサボるのも上手なので時間の都合はつけられる。
グレースは恋人と言いながらピーターの個人的事情を殆ど聞かされていなかった。ピーターを殺す動機のある人物を調べようと町の荒物店に勤めるリアに話しを聞こうとした。だが、彼女は逃げた。荒物店の主人で、リアの叔父のバートが悪評を恐れてリアを田舎に隠したのだった。リアの叔母イダベルの元にいたリアを見付け、ピートは弟のブライアンを騙して、伯母の遺産を取って恨まれいる事、仕事のパートナー、ヘンリー・リンカーンを騙して恨まれている事を知った。また、ピートはグレースが本命だが、リアやケイと付き合い、アパートの管理人ローズとも付き合っていると。
二人はピーターのアパートに行き、管理人のローズに話を聞き、弟ブライアンから頼まれて部屋の整理をするというので手伝う事にした。ローズの部屋にはナンと写った写真があった。部屋に行った二人はローズがいない隙に、キッチンのファンのフィルターを外した。奥に包みが隠されており、現金とリスト、鍵があった。リストは関りのあった男女が記入されておりナンの名前もあった、鍵は金庫用のようだった。荷造りした荷物はピーターの弟で嫌味な不男ブライアンがゴミも一緒に持ち帰った。
ナンに話しを聞いたが、ピーターのベビーシッターをしていたのでピーターは知っているが親しくはしていなかった、ローズは昔親しかったが疎遠になったと言う。大学に行ったエマが戻ってきた。スザンナは既にナンを採用したので元に戻すわけにはいかない。
二人は、リストを利用して各人のアリバイを聞きに行った。ヘンリーはローズとデートしていた事が分かった。明白なアリバイである。ナンにも事情を聞きに行った。執拗なスザンナにナンは怒り、質問には答えず、店をやめると告げた。
二人は見つけた金をブライアンに渡そうと自宅を訪れた。ブライアンにケイが「ピーターの残した手紙を返して!」と執拗に迫っており、リアが覗き見していた。二人に気付いたリアは逃げた。ブライアンに金を返し、ケイにアパートを調べたが手紙はなかったと告げた。
スザンナの家に泊まっていたグレースは自宅に戻ると言い出し、心配なスザンナはグレースの家に泊まる事にした。二人は幼稚園の時から互いの家にお泊りをしている。疲れているグレースは早めに寝ようと睡眠薬を飲んで寝室に行った。7時が就寝時間のスザンナには睡眠薬はいらない。ゲストルームのベッドについたスザンナは階下で物音を聞いた。グレースは寝付いている。階下に行くと、物音は地下から聞こえた。倉庫になっている地下室に降り、誰もいないのを確かめて電灯をつけるとケイが銃を構えていた。「金庫のカギを渡せ!」と。金庫はグレースの家の地下室にあった。手紙はピーターが恐喝に使っていた書類でケイが引き継ぐ積りだった。グレースのためにピーターから捨てられたケイは、ピーターの後をつけ、グレースからビンタされてボックスカーの裏に行った所を角材で殴ったと言う。
ケイの後ろの影にリアが潜んでいた。リアは近くにあった人形をケイに投げつけた。振り向いたケイにスザンナは近くにあった鉄棒を叩きつけた。ケイは銃を落とし揉み合いになった。若いケイは意外にも強い。グレースが寝間着で現れて鉄棒でケイに向かった。勝負はついた。
リアは、ケイが怪しいと睨み後を付け続けていた。グレースに詫びた。グレースは「スザンナを救ってくれた時、いままでの事は忘れられた」とリアに感謝した。
疑いが晴れたグレースを祝って女子会が始まった。店を閉めて捜査を手伝うと言ってくれたトリシェもいた。そして、今回はリアも参加した。
明日には、スザンナの恋人で州警察の捜査官ジェイクが、担当していた事件の目途がつきエイプリル・スピリングスに来る事になっている。