ミステリを楽しむ王道は犯人を探し当てる事、あるいは犯人を確定するため犯罪の3要素、動機・機会・手段のミッシングリンクを解明するところにある。 だが、関係報告書や調書を並べるだけでは小説にならない。キャラを動かし、プロット化する事が必要になる。キャラを設ければ関係が生じる。好き嫌い、愛憎、信不信。関係のダイナミズムがサブプロットを生む。舞台・背景も必要にもなる。かくして話は膨らんでいく。
サブプロットや舞台・背景に比重を置くミステリの楽しみ方もあってよかろう。サブプロットがロマンス、サスペンス、アクション小説のようなミステリもある。現在、英米圏で氾濫しているコージーミステリは舞台・背景の多様化がすさまじい。これは、例外はあるものの謎解きに挑むメインキャラが刑事や探偵ではなく一般人である事に関わる。メインキャラは、主婦、記者、各種料理人、教授、本屋さん、司書、絵画鑑定家、ウェッデングコンサルなど様々で、その世界を背負って事件に取組む。地域も都市だけではなく地方が多い。日本で推理小説と言えば、ほぼ全て場所は東京だが英米ミステリは各地に分散している(作家が分散しているためでもあろう)。
今は、ボクの本選びは舞台・背景が主になっている。本の中身紹介を読んでも謎解きの醍醐味は茫洋としている。ただ、素晴らしい、評価が高いと書いているだけ。書評も大同小異である。エラリー・クイーンやバークリーを評価する書評家から「スゴイ」と言われても自分が読んで面白いとは思えない。
舞台・背景には曖昧さは少ない。メインキャラの職業や地域、時代である。本屋だと言いながら、併営している喫茶や主婦たちの趣味の作品販売が主だったというような事はある。
本書はエレリー・アダムス(Ellery Adams)のANTIQUES & COLLECTIBLES MYSTERY Series(骨董品&蒐集品ミステリシリーズ)の第1巻である。
アメリカの骨董品事情など、面白そうではないか。本シリーズは6巻まで出ており、各巻異なるジャンルを扱っている。日本語未訳。
1.A Killer Collection ’06
顔面土器の陶工、蒐集家たちにまつわる事件・・顔面土器(Face Jug)解説文あり
2.A Fatal Appraisal ’06
TVショー「お宝探偵団」の鑑定家が殺されて・・アンティーク家具解説文あり
3.A Deadly Dealer ’07
ナッシュビルの国際オークションで殺人事件・・ガジェットケイン(仕込み杖)解説文あり
4.A Treacherous Trader ’15 (w/ Parker Riggs)
モリ―の結婚式に用意したアンティークのガウンが死を呼ぶ
5.A Devious Lot ’16 (w/ Parker Riggs)
新婚旅行で英国の親戚に村にいったら事件が。
6.A Killer Keepsake ’17 (w/ Parker Riggs)
取材したアンティークドールクラブの会員が殺されて。
*4巻目以降は未読。主に扱っているジャンルは不明。
エレリー・アダムスは本人のサイトを見ても年齢等詳細が不明で、Wikiにも出ていない。コージーを8シリーズ(各シリーズ3~8巻)出しており多作の作家である。ロングアイランドで育ち、夫と子供2人いてノースカロライナ(本書ではバージニア)在住としか分からない。時折、噂される出版社の名義貸し(中身は覆面作家)の作家かと疑ってしまう。
このシリーズは、4巻目以降は時を経て発売され、別の作家(パーカー・リッギス)との共著とタイトルされている。共著とされながら実質パーカーの作品だと思われる。著名コージー作家の覆面作家を募集しているサイトもある。独立して自らのシリーズは始める作家もいるようである(経歴に某作家の覆面作家だったと書いているのを見た事はないが)。米国の出版事情も複雑怪奇である。
本書では、南部の陶器事情が語られる。造られている陶器(顔面土器が特徴で有名だが、その他、生活用土器、動物の焼物なども)、陶工たちの生活、蒐集家たちの実態が面白い。本書はノースカロライナのシーグローブの話だが、サウスカロライナやジョージアにも産地があるらしい。調べてみると観光地として賑わっているようだ。日本各地の○○焼の窯元を訪ねるような愛好家には常識なのだろうが、有名な土器の産地は日中を除けばドイツとイギリス程度しか知らない輩には驚きであった。
南部を舞台とするコージーは多いが、本書もまた、南部の風俗・雰囲気を伝えてくれる。
<ストーリー>
モリ―・アップルビーはノースカロライナ、ダーラムにある「週刊コレクター」の女記者である。長年、教師をしながら趣味と実益を兼ねて記事を投稿していたのだが、欠員が出たのを機に記者に転じたのである。当時の同僚で親友のキティを、知人のレックスのオークションの手伝いに連れ出していたが、今では彼女はレックスの妻になっている。
母クララはアンティークショップを経営していたが、売るより溜め込むのが好きだった。今は近くのヒルズボロに移り、古い農家を買い取り改装してアンティークと住んでいる。eBayで商売もしているが、レックスに頼られてオークションの手伝いをしている。アンティーク業界に通じており、コレクター仲間も多い優雅な夫人だが、悩みは娘モリ―が30歳にもなるのに孫の姿を見せてくれようともしないことである。
ノースカロライナ中部のシーグローブは陶工の町である。18世紀半ば、黒人たちが生活土器を作り始めたのが発祥だといわれ、今でも各々の家族の技を引き継いでいる。クララは招待状を手に、C.C.バールズの窯開きにモリ―と共に向かった。モリ―は取材である。
窯開きには有名無名のコレクターが押し寄せる。C.Cの窯開きでは、庭に即席のテーブルが用意されており様々な陶器が展示され、周囲にロープが張られている。後ろの小屋の前にはC.Cの仲間や弟子たちが手伝いに来ており、妻のアイリーンは茶やクッキーを振舞っている。ロープが取り払われると、先着順に並んだコレクターたちが陶器を選びレジで支払って持ち帰ることになっている。だから、モリ―は朝も暗いうちにクララに急き立てられて出かけてきたのだった。
モリ―たちが並んでいると、ベンツがやってきた。ジョージブラッドリーだった。評判の悪い大富豪のコレクターである。彼は車を乗り捨てて、列の先頭に行き、どこの窯開きにも顔を見せる有名なコレクター、ヒラリー・キーンを押しのけた。抗議をしたが厚顔で大男のジョージブラッドリーにはなす術がなかった。ロープが放たれ、コレクターたちは選び始めた。ジョージブラッドリーは、ある女が手にしていた陶器を取り上げた。彼女は抵抗したが諦めた。クララは驚きはしなかった。乱暴で行儀の悪さはいつものことだった。女は、ジョージブラッドリの元愛人スーザンだとも。
モリ―は陶器を手に入れアイリーンにC.Cの取材を申し込んだ。窯開きが終わるのを待とうと小屋に行くと裏から呻き声が聞こえる。ジョージブラッドリが無様な腹を掻きむしって苦しんでいた。大騒ぎとなり、救急車が来たが、運ばれる時には死体だった。彼はヒドイ糖尿病だった。自殺とも噂されたが、ありえるだろうか?
社に戻ったモリ―はマーケティング部長のマットに死因を調べてもらった。彼は中途で諦めたものの医学校に通っていたので病院に知り合いが多い。糖尿病の薬インシュリンの過剰摂取だという。モリ―には憧れのマットと近づく機会になった。
レックス・オークションにジョージブラッドリーの妻バニーからオークション出品の依頼があった。レックス、妻キティ、クララとモリ―の4人は、アシェボロのバニー邸に相談と下見に行った。バニーは両親の莫大な遺産を引き継いいでおり、豪奢な邸宅だった。一階が両翼に別れており、夫が住む左翼の部屋の全てをオークションに出したいという。コレクター垂涎の膨大な陶器のコレクションだけではなく、絨毯から大時計、家具、ホチキスの針まで。コレクションには緻密な目録があった。とりわけ、J・G(ジャック・グラハム)のコレクションは素晴らしく各年度の窯が揃っていた(陶器の裏に窯番号がある)。バニーは、弁護士の夫の趣味には生前から冷淡だった。モリ―が、バニーのパートを覗くと、そこにはバニーのものしかなかった。夫婦の写真は飾られていたが若く幸せだった時のものだけだった。夫は、趣味を同じくするスーザンを愛人にしていた。スーザンはトレーラーに住んでいた女だが、彼と付き合いだして贅沢な暮らしをしていた。
モリ―は、厳しく嫌味な編集長のスワンソンに指示されて有名コレクターのインタビューをしなければならない。約束していたヒラリー・キーンの自宅に行くと、彼は失踪していた。薬剤師なのでインシュリンを入手できる。幼馴染のジョージブラッドリーに小突き回されてきたので恨みもある。とはいえ、彼を恨む者は多い。後、キーンはモーテルにいた所を窃盗で逮捕された。美術館やジョージブラッドリーのコレクションを含めコレクターから陶器を盗み、販売して新たなコレクションの資金にしていたのだ。薬剤師の給与では有名コレクターは続けられない。
モリ―は知人の陶工サム・チャンスにインタビューに行った。ジョージブラッドリーが執心していたJ・Gの事を尋ねると不幸があって作陶をやめたと、気さくなサムには珍しく多くを語らなかった。
レックスのオークションの日、夫の遺品の出品を見にバニーが出席した。スーザンがベンツで貴婦人然として現れた。コレクションはスーザンが強引にセリ落としていった。夫の出品分が終わり、会場を出てクルマで待っていたバニーは、オークションが終わって出てきたスーザンに詰め寄り、「トレーラーパークの名残は拭えない」と嘲り、赤くなって罵り返すスーザンに囁いた。モリ―はオークションを手伝っていたので近くにいたが全容は聞き取れなかった。スーザンは青くなって、急いでベンツで去った。
バニーは引退予定のハイミスの妹と住む事にして夫の居宅部分を改装していた。貴重な壁面もバニーの命令で取り壊された。大工達は中から3つの靴箱を見付け、バニーに渡した。多額の現金、債券証書、ウサギの焼物が隠されていた。陶器はオークションに出すよう、レックスに頼んだ。
モリ―は忙しいクララに頼まれてウサギを預かりに行ったがバニーは出て来ない。泣き声がするので開いていた玄関からバニーの居宅部分に行くと庭係のエマニュエルがバニーを抱き抱えて嘆き悲しんでいた。バニーは銃で撃たれて死んでいた。
通報で駆け付けたベネット刑事にバニーは推理を話した。黙っていれば夫人の愛人エマニュエルが犯人にされる。スーザンが逮捕された。
預かったウサギはJ・Gの作品で窯開きがなかったので陶器もない筈の幻の窯番号43が刻印されていた。
クララにJ・Gの窯開きの招待状が届いた。復活するのだ。モリ―は地元に行ってJ・Gの経緯を調べた。2年前、J・Gの9歳の娘リリーが自宅近くでひき逃げされて死に、J・Gは作陶をやめていた。
窯開きの日、クララはインタビューを望むモリ―を連れて行った。J・Gと妻レスリーは久しぶりの窯開きを喜び、コレクターたちは暖かく祝福していた。ジュニアは9歳になっており、レスリーは妊娠していた。モリ―はキッチンのレスリーを訪ね、ウサギを渡した。「あなた達のものだ」と。
ウサギはJ・Gが娘へのギフトとして作ったものだった。事件の後、彼は出来たばかりの陶器を全て叩き壊した。客の応対に出たレスリーをキッチンで待っていたモリ―は弁当箱に気付いた。中にはインシュリンが入っていた。モリ―にはジョージブラッドリー殺しの犯人が分かった。
レスリーは轢き逃げ犯はジョージブラッドリーと信じたが確証はなかった。彼は頻繁に尋ねて来ており、当日も来ていたが事件後姿を見せなくなった。事件現場で彼のハンカチを見付け、彼が探しているのを見かけたが証拠とは言えない。なにより警察が彼のベンツを調べたが傷はなかった。葬儀の時に顔を見せたきりで、その時ウサギを盗んだのだろうと。
リリーは糖尿病で、死んだ後インシュリンが残っていた。C.Cの窯開きで小屋の裏で休んでいるジョージブラッドリーを見付け、苦しませようと渡したのだと言う。
ベンツはスーザンのものだった。同乗していて事件を知っているスーザンはジョージブラッドリーから金を搾り取っていたのだ。バニーと離婚したら持って逃げる筈だった現金や証券、証拠のウサギの隠し場所も知っていた。だが、ジョージブラッドリーは妻バニーに事件を告白した手紙を残していた。バニーから手紙の存在を告げられたスーザンは手紙や金を奪おうとバニー邸を訪れ、留守の筈のバニーがいたので殺してしまったのだった。
レスリーは、J・Gが陶器作りに戻り、子供も出来てリリーを失った悲しみから家族の幸せを取り戻しつつあった。だが、事件の処理はモリ―に任せた。真理を追究するのが記者の本分だと信じるモリ―は悩んだ。ベネット刑事に手紙を書き、全容をしるし、レスリーへの寛大な処分を依頼した。手紙は田舎警察署にありがちな手違いでシュレッダーに直行した。
モリ―はJ・Gの事件は記事にはしなかった。だが、モリ―の記事は最大発行部数を更新し、気前の良い社主のマッキントッシュはボーナスを渡してくれた。
喜んだモリ―は、世話になったマットをディナーに誘った。マットは「ボーナスは大事に使え」とモリ―にデートを申し込んだ。