ユーモア探偵小説といわれるものがある。日本では殆ど赤川次郎の独壇場だが、英語圏では現在隆盛のコージーミステリーの源流として扱われているようである。


 米国ではドロシー・ギルマン(Dorothy Gilman、1923~2012 「おばちゃまは飛び入りスパイ」The Unexpected Mrs. Pollifax1966刊)が先鞭を切ったと言えるかもしれない(この時代はスパイ小説花盛りで、作家たちは冷戦終結後、アクション、探偵小説に転じているのでほぼ同ジャンル)。
 

 シャーロット・マクラウド(Charlotte Macleod、別名義アリサ・クレイグAlisa Craig 1922~2005)はコージーミステリー萌芽期の作家で、現在星の数ほどいるコージー作家の大先輩である。ビジネス界で成功し、退職後、本格的に作家に転じたのもコージー作家によくあるパターンである。だが、ユーモア作家、コージー作家だと軽く見てはいけない。アンソニー賞、エドガー賞、ネロ・ウルフ賞、アガサ賞と推理小説作家に与えられる賞を総なめにしている。米国推理小説の第一人者として認められているのである。彼女は日本の推理作家並みに多作の作家で作品数は多いがほぼ全て日本語版が出ている。


 本書は出世作シャンディ教授シリーズの3巻目。1982年広告会社の副社長を引退した年に出版された作品である。ボストンの北東にあるバラクラヴェ郡の大学町にある農場を巡る話しである。本書では農場を狙う開発業者のたくらみは挫折するのだが、30有余年を過ぎた今となっては住宅地に変容しているかもしれない(バラクラヴェ郡は仮想の地域ですが)。また、本書では102歳の元大学教授と104歳のミスが結ばれるのだが、今も元気にしているのだろうか。愛の結晶が出来たのなら、今頃は孫がいてもおかしくはない。なにかと想像が広がる本なのです。推理小説です。間違いありません。

<ストーリー>
 バラクラヴェ郡の週刊新聞紙の記者クロンカイトはヒルダ・フォースフォールのインタビューに来ていた。フォースフォール家はマサチュセッツに最初に入植した一族で長い間豪農として栄えてきたが、今は104歳のヒルダと弟のヘニー、手伝いのスパージしかおらずこう広大な農地がありながら細々と農業を続けるしかなくなっていた。

 

 ミス・ヒルダは元気な老人である。長寿の秘訣を聞くクロンカイトに、昔、丘の上のルーン石碑の下で男と遊びまわったことを話し始めた。ルーン石碑は太古ヴァイキングが残した遺物である。初耳のクロンカイトは特ダネを求めて石碑探しに行く事にした。農家の裏に回ると納屋で男が農機具に頭を突っ込んで死んでいた。

 

 バラクラヴェ農業大学のティム教授はいつものようにヘニーの農作業を手伝っており、クロンカイトの声で二人は駆けつけてきた。男は手伝いのスパージ・ランプキンで生石灰で焼かれて死んでいた。生石灰は水をかけると高熱を発する危険物だが、スパージは多少頭が弱いので生石灰に気付かずに水で洗ったようだった。ティム教授は、すぐに同僚で向いに住むピーター・シャンディ教授を電話で呼んだ。隣地でスクラップ屋をしているファーギーも来た。スパージは時間があればファーギーの手伝いをしていた。


 町の不動産屋ロレッタ・フェスキュが来た。ロレッタはファースフォール家の農地買取を持ちかけていたが、ヒルダもヘニーも相手にしていなかった。ロレッタは開発業者のガンダー・ギャフソンのために働いており、ギャフソンはコンドミニマム開発を計画していた。ロレッタはやり手の女傑で息子のフェスキーはギャフソンの会社で働いていた。


 スパージには町で骨董店を営む従弟カヌートがおり、カヌートはスパージの後見人を申請したが、スパージが遺産相続したフォースフォール家の隣地を好き放題にしようとする意図がミエミエなのでヒルダは法廷で争い取り下げさせた経緯があり、カヌートはヒルダに遺恨があった。

 ファーギーは骨董になりそうなものはカヌートに売っていたのでよく知っていた。

 

 フォースフォール農場にはリンゴの木を折ったり、鶏小屋に犬が入れられたり、豚のえさに雑物が投げ込まれたりのイタズラが続いていたがスパージの死はイタズラの結果とは思えなかった。

 クロンカイトがルーン石碑を見付けて戻ってきた。ルーン文字(ヴァイキングが使った古代文字)らしき拓本を取って来た。埋められた兜らしきものもあると言う。シャンディ教授は学長トールシェルド・スヴェンソンに来てもらった。スヴェンソン家には偶然、ルーン文字の権威スヴェン・スヴェンソンがいた。102歳の元大学教授で大叔父なので結婚式出席のためスウェーデンから来ていたのである。数年前、奥さんを失くしたが、意気消沈するかと思いきや新しい女を追い回す元気な爺さんである。拓本を見たスヴェンはルーン文字だと断定した。


 マサチュセッツにヴァイキングが来たという記録はない。新聞は号外を出し、人々はルーン石碑に押しかけた。警察だけでは間に合わない。シャンディ教授は学長と相談し、運動部の学生を動員して警備する騒ぎとなった。そんな中、クロンカイトがバイクで転倒して入院した。ヴァイキングの呪いだと噂された。


 ロレッタがミス・ヒルダに、州がルーン石碑を史跡に指定する計画となり、そうなれば農場は安く買い上げられることになると言ってきた。カヌートはスパージの死は雇用主の責任だと百万ドルの賠償訴訟を起こした。農場の危機である。


 ルーン石碑は学長やスヴェンも出向いて大学が発掘に乗り出し、兜らしきものが発見されていた。ファーギーが金を見付けた。現場でスヴェンが大怪我をし農家に運ばれ、女主人ヒルダが看護した。


 シャディ教授の妻ヘレンは大学図書館の司書である。遺贈された文庫の整理をしていてベリアル・ハギンズの日記を発見した。ベリアルは大学を創ったベディヴィア・ハギンズの兄で詩人としても名を残している密造酒屋だった。


 農場の納屋で爆発があった。シャディ教授がすぐに出向いて調べたら、部品が残っており放火であった。続く災難にヘニーは、呪いだと弱気になるがシャディ教授は「呪いなどない」と力づける。


 学長の妻シーグリンデは北欧系の大柄な美丈夫である。騒ぎが続く現場にシーグリンデがヘレンと共にヴァイキングの女戦士のように威風堂々と現れた。馬上から「ルーン石碑はベリアルのイタズラだ!」と宣告し、騒ぎを治めた。ベリアルの日記にイタズラの経緯が書かれていたのである。それから農家にヒルダに会いに行った。居間に入ると、ヒルダとスヴェンが慌てて乱れた衣服を直していた。
 
 開発会社から45エーカーの農場を建物ごとエーカー1100ドルで買い取ると申し出てきた。シーグリンデとヘレンは笑って追い返させる。古い農家を見た二人は、歴史ある豪農ファースフォール家が集めた家具の骨董価値を一目で見抜いたのだった。

 

 二人はヒルダとヘニーに家具を売却しながら土地を開墾して発展させることを薦める。ヒルダとヘニーは農業継続を希望している親戚2家族の住宅を建てる事にした。


 ヴァイキング好みだったベリアルの所蔵品は、死後、競売され、最終的にファーギーが手中にしていた。兜や金もあったのだ。

 シャンディ教授と学長がファーギーのスクラップ屋に行くと、放火現場に残されていた部品を見付けた。ファーギーはフェスキーと飲んでおり、逃げようとしたが逮捕された。フェスキーは母や勤務先の開発会社のために嫌がらせはしていたが殺人まではしていなかった。ファーギーは農家によく行っていたので骨董家具の値打ちに気付き、フォースフォールを追い出してタダ同然で手に入れる事を企んだのだった。


 ヒルダ(104才)とスヴェン(102才)は婚約した。シーグリンデとヘレンは、お祝いに駆け付けた。同じ誤りは繰り返さないしっかり者のヒルダは、今度は衣服を乱してはいなかった。

 ヒルダは思い残すことなく、スウェーデンに愛しい男と旅立った。