1959年に亡くなったレイモンド・チャンドラー最後の作品で1958年刊。この後、チャンドラーが最初の4章まで書いてロバート・B・パーカーが完成させた「プードル・スプリングス物語」(Poodle Springsがあるがチャンドラー作品とは言えないだろう。

 

 マーロウの偏屈な皮肉っぽさ満載である。筋を通す、拘りの私立探偵ぶり(ハードボイルド)が詳細に描かれている。ハードボイルドな生き方を目指す方々(いないとは思うが・・)には必読の書である。据え膳を食っちゃうのはハードボイルド道に反しない事も判る。

 

 「タフでなければ生きてはいけない。優しくなければ生きている資格はない」というレイモンド・チャンドラーの言葉として人口に膾炙された格言はこの作品に出てくる(実は、清水俊二訳と原文を読んでいるのだが、当座は気付かなかった。文章が違うし、しかも据え膳を食った後の会話なもんで)。

 

How can such a hard man be so gwntle?”she asked wonderingly.

If I wasn't hard,I wouldn't be alive,If I wasn't ever be gentle,I wouldn't deserve to be alive”

「あなたのような、しっかりした男がどうして、そんなにやさしくなれるの?」

「しっかりしていなかったら生きていられない。やさしくなれなかったら生きている資格がない」(清水俊二訳)

村上春樹訳では「厳しい心を持った人」となり、ここでもタフではない。

 

 チャンドラーはタフという言葉を知らなかったのではなく、この作品でもタフは使われている。原文はハードである。だが、日本語の格言の方がはるかに雰囲気が出ている。英語ではハードとゼントルは対照的な性格だが、日本語でしっかりしている性格と優しさは矛盾するわけではない。だからタフなのかもしれない。翻訳作品の不思議で原文を読めば2度楽しめる。

 これだから翻訳ミステリーはやめられない。

 

<ストーリー>

 目覚めたばかりのマーロウに見知らぬ弁護士クライド・アムニーから電話があった。横柄な態度で、ある女を尾行して行先を突き止めてくれと。納得できないまま、秘書ミス・ヴァーミリアから写真と前受け金を受け取って、マーロウはユニオン駅に行き、その女エレナーを見付けた。上品な奥様風のエレナーは男と会い、一人で列車に乗りサンディエゴで降車し、タクシーで近くのエスメラルダ(仮想のリゾート地)に向かった。

 

 エレナーはモーテル「ランチョ・デスカンサド」にミス・ベティ・メイフィールドと名乗って宿を取った。マーロウは元妻を追う夫を演じて隣室を確保し、薄い壁に聴診器をあてて様子を窺った。ユニオン駅で会った男、ラリー・ミッチェルが来た。ミッチェルはベティに正体をばらすと脅していた。ベティがひとりになると意味不明のマーロウは私立探偵だと名乗ってベティに話を聞きに行く。ミッチェルが戻り、争いになった所をベティが壺でマーロウを殴り気絶させた。気が付くと自室におり、部屋の前にはカンサスシティから来たという私立探偵ゴーブルがいて、ミッチェルを探そうと言う。

 

 ベティはモーテルをチェックアウトしていた。マーロウはミッチェルと一緒のベティをバーで見つけ、ミッチェルと揉めたベティを救ったバー、ホテルオーナーのカーク・グランドンに案内されてホテル「カーサ・ポニエンテ」に宿泊したのを確認して戻った。

 

 深夜、ベティが来てバルコニーでミッチェルが死んでいるので対処して欲しいと言う。報酬5千ドルも用意すると。依頼を受けたわけではないが、マーロウはホテルに行くも死体はなく、訳が分からなくなったベティは睡眠薬を飲んで寝てしまった。

 

 ロスに戻ったマーロウはアムニーの事務所に報告に行く。アムニーも事情を知らなかったが依頼先のワシントンの事務所からベティは機密書類を持ち逃げしたからだと言われる。マーロウは信じず、以降の探偵を断ってアムニーを怒らせる。自由な女、秘書のヴァ―ミリアはマーロウと寝る。

 

 エスメラルダに戻ったマーロウはベティやゴーブルと会う。ミッチェルは消えており、ヤク中のホテル警備員はミッチェルのスーツケースが持ち出されるのを見たと言う。ホテルに棲家としている老人からミッチェルは女を食い物にしている男だと聞く。警備員を自宅に訪ねると警備員は便所で自殺していた。マーロウは警察署に報告に行き、アレッサンドロ部長に説明し了解してもらった。その時、ミッチェルの車が僻地のエスコンデッドで発見されたという情報が入った。スーツケースはなかった。

 

 モーテルに戻るとゴーブルがベッドに倒れており、銃を持った男がマーロウを待っていた。機転で男を倒したマーロウは警察に報告する。

 ベティをモーテルに連れてきたマーロウは、真実を言わせようとする。ベティは泣いて、抱いてと言うばかり。

 

 翌早朝、アレッサンドロ部長に呼ばれたマーロウは寝ているベティをベッドに残して警察に行く。サウスカロライナ、ウェストフィールドの有力者ヘンリー・キンゾルヴィングが来ていて、ベティは息子の嫁で殺人者だと言う。首を折りギブスでしか生活できない息子のギブスを外して倒して殺したのだと。だが、ウェストフィールドは陪審員が有罪としても裁判官が覆すことが出来るという法律があり、耄碌したリー裁判官がベティの殺人の証明がないと言って釈放したのだと。地域のボス、ヘンリーは地の果てまでベティを追うのだと言う。アレッサンドロ部長は「ここはエスメラルドだ!」と追い返す。

 

 恐れるものがなくなったベティはマーロウに感謝し、謝礼を渡そうとするが受け取らない。ロスに戻る前にブランドンに会う。彼はカンサスシティで不法な金をかき集めエスメラルドに来ていた。ミッチェルとゴーブルはブランドンを脅そうとして始末されたのだった。「いくら出せば黙る?」と言うブランドンにマーロウは「真実が知りたかっただけだ」と言ってロスに戻る。

 

 ロスに戻ったマーロウにパリにいるリンダ(前作「ロンググッドバイ」で懇ろになった大富豪の娘)から長距離電話が入った。1年半前の情事が忘れられないというのだった。リンダがいるからこそ、ヴァ―ミリアやベティに深入りできなかった(寝たけど・・)マーロウである。愛の結婚生活、大富豪探偵、あり得ない春の予感なのであった。

 

 次回作「プードルスプリング物語」でマーロウはリンダと結婚し、「お金を思い切り使わなければならないのは私が悪いのではなく父の責任だから」と思っている妻と豪奢だがチグハグな関係となるが、チャンドラーの原稿を書き継いだパーカーは、相思相愛や大富豪はハードボイルドとは相性が悪いと判断したのか、離婚させ、いつまでも愛人という関係にしてしまう。