1989年ブッシュ・シニア大統領が就任、冷戦に勝者として勝ち残った米国は1991年湾岸戦争で世界の警察官としての役割を果たした。だが、湾岸戦争後、景気は後退傾向にあり自信に満ちたアメリカの熱気は薄れていった。1992年の大統領選で外交では華々しい成果を誇ったブッシュ・シニアはアーカンソー州知事だった普通の人に近い政治家ビル・クリントンに敗れる結果となってしまった(日本ではバブル崩壊で苦しみ、長い混迷の時代への入り口になった時期)。

 

 「バースディ・ブルー」は、このような時代背景のもとに生まれ1994年に発表されている。

 本作品が扱う悪徳はホームレス、DV、子供の性的虐待、政治腐敗、経済制裁破り、マネーロンダリング、脱税、殺人など多岐に渡る。黒人差別や女性差別問題だけではない。社会問題に関心の深いパレッキーの関心領域はいや増しに拡大していかざるを得ない。

 

 ホームレスの親子が登場するが、パレッキーはイリノイ州上院議員時代のオバマと一緒に精神疾患のあるホームレス対策団体の理事を務めていた。学生運動をしていたというだけではない。パレッキーは社会問題を叙述するだけではなく、実践家でもある。

 

 原題「Tunnel Vision」は作中で地下での出来事が展開されることから名付けられたようであるが、日本語版タイトル「バースディ・ブルー」は事件を終えヴィックが憂鬱な気持ちで40歳の誕生日を迎える(そして友知人の有難さを知る)という事からつけられているようだ。日本語版タイトルを支持したい。サラ・パレッキー、42歳の時の作品。

 

 

<ストーリー>

 ヴィックはシカゴのプール(ビジネス中心地)の南側にあるプルトニービルに事務所を構えていたが、ビルは老朽化し再開発予定だったので立ち退きを迫られていた。今日もまた停電になったのでヴィックは地下の配電盤の修理に向かった。

 

 地下室のボイラーの背後にホームレスの女性タマ・ホーキングスが3人の子供と潜んでいた。ヴィックは家庭内暴力被害者庇護施設「アルカディア」の理事でもあり、相談に乗ろうとしたがタマは信じようとはしなかったので連絡先を伝えておいた。

 「アルカディア」の理事会で理事ディアドリがタマ母子の説得を申し出た。ディアドリはヴィックのロースクール時代の同級生で大学教授のファビアン・メッセンジャーの妻である。ファビアンは連邦判事の地位に野心を持っていた。

 

 メッセンジャー邸でヴィックの恩師でもあるマンフレッド・ヨウの退官謝恩パーティが開かれた。シカゴのそうそうたるメンバーが集まるパーティで、ヴィックは場違いだったがマンフレッドが特に指名したので招待され出席した。上院議員の息子アレック・ガントナーJr、ゲートウェイ銀行頭取ドナルド・ブレイクリー、慈善団体ホームフリーの理事長ジャスパー・ヘコムも来ており、存在感のないディアドリは荒れていた。パーティの後、屋敷に忘れ物を取りに戻ったヴィックはファビアンがディアドリを不条理に叱責し、娘エミリーが苦しんでいる現場を目撃した。ヴィックはエミリーに名刺を渡しておいた。

 

 タマ母子を説得するためにヴィックの事務所を訪れたディアドリは、ヴィックが帰った後も残っていたが、撲殺されて発見された。

 

 エミリーが弟を連れて消えた。ヴィックはエミリーの部屋でディアドリ殺害に使われたと思われるサイン入りバットを見付けた。事務所近くの店のウェイトレスがエミリーを目撃しており、エミリーはヴィックの事務所に行ったようだった。

 

 ホームフリーが不正に関与していると睨んだヴィックは背後にアレックがいる事を知り、ガントナー家のファミリー企業ガンタッグの広大な農場を訪れる。世界にコーンを輸出しているガンタッグ社は敷地内に飛行場もあり警戒は厳重でヴィックは厳しく監視された。異常さに、不審を募らせる。

 

 ヴィックは腕利きの事件記者で元デート相手のマリー・ライスアンを誘い込んで真相を探り始める。地元のセンチュリー銀行を買収したJAD持株会社の役員はアレック、ドナルド、ジャスパーで、3人は繋がっていた。また、ガンタッグ社は中東テロ支援国への経済制裁をかいくぐってコーンを輸出していると疑われていた。

 

 ホームフリーは低所得者用の住宅を市から受託して供給していることになっているが建築現場は秘密にされていた。ヴィックは現場を探り出し、調べに行った。現場ではルーマニアからの不法移民が酷い労働条件で働いており、アントンが仕切っていた。ホームフリーの事務所に侵入したヴィックは莫大な現金を発見、また帳簿でセンチュリー銀行が5千万ドルの借入枠を設定している事を見つけ出した。

 

 シカゴ川の下を通っているトンネルが決壊、網の目のように張り巡らされている地下通路を通じてループの地下が水浸しとなった。ヴィックは階下の愛犬共同飼い主コントレーラスと共にプルトニービルの地下に住むタマ母子の救出に行き、エミリーも一緒の所を見つけ助ける。タマの喘息持ちの下の息子は死んだ。夫の暴力から逃げ回っているタマへの悲劇は終わらない。

 

 エミリーはファビアンがベッドに入って来るようになり父母の関係がおかしくなった事、またヴィックの事務所に行ったら母が死んでいて見慣れたバットがあったので父が殺したと思い持ち帰ったことを告白したが警察は信じなかった。エミリーは救急病棟にいたが殺されそうになり、容疑者のアントンは逃走した。直後、エミリーも失踪した。

 

 ホームフリーの前理事長で、今は秘書をしているジャスパーの信奉者ティッシュから、支援者のディアドリが事務を手伝うと言って帳簿を見た事、ドナルドがメッセンジャー家のパーティからサイン入りバットを持ち帰ったことを聞き出した。また、ファビアンを問い詰め、脱税のアドバイスをしていた事も判った。陰謀を探り出したディアドリを、サイン入りバットで殺したのは3人組だと判ったヴィックは、ライスアンと共に資金洗浄の現金が運び込まれるガンタッグ農場の飛行場に忍び込んだ。

 

 飛行場に3人はおり証拠のビデオも確保したが、その時、ヴィックの目下のデート相手コンラッド刑事が捕まって引き出されてきた。ヴィックの身を案じて追ってきたところを捕まったのだった。ヴィックは飛行場のカートで救出しようとして銃撃となり、コンラッドは撃たれ、飛行機は炎上した。証拠を持って現場を離れたライスアンが警察に連絡したので、コンラッドは重傷を負ったものの助かった。ドナルドは飛行機の炎上で死亡した。上院議員の息子とジャスパーは逃げおおせた。

 

 重症のコンラッドは、付き合いきれないとヴィックに別れを告げ、ヴィックはデート相手を失った。

 

 エミリーは、自身も幼児虐待に苦しんだニーリィ巡査が「アルカディア」と謀って隠していた。ニーリィ巡査はディアドリ殺人事件の捜査に当たっていた刑事テリー・フィンチの補佐をしていたので事情に通じていたのだった。ニーリィは警察を辞め、ヴィックと働きたいと申し出る。老朽した事務所からの脱出もままならぬヴィックに助手を雇う余裕はない。エミリーをどうする。悲惨なルーマニアからの不法移民はどうする。悩みは尽きぬヴィックなのであった。