サラ・パレッキーの日本語版は山本やよい翻訳である。実に読み易い。昔のやや直訳調の翻訳推理小説ばかり読みなれた読者には衝撃的である。ジェシカ・ベックにドーナツ・ミステリーシリーズというのがあり、この日本語版が山本やよい翻訳である。山本やよいに魅かれて読み始めると、そこにはラノベのような世界があった。ボクは意図せず、コージーミステリーの世界に導かれてしまったのです。

 

 本作はドーナツ・ミステリーシリーズの第1作で主要キャラクターが登場するので外せない1冊。各巻とも一話完結だが、主人公のドーナツショップ店主スザンナはジェイクと恋仲になり、その母ドロシーは警察署長のデート相手になり、素人探偵仲間のジョージは町長になったりと定番キャラクターの変化も読ませ所となっている。

 

 コージーミステリーの特徴とも言えますが、作中に登場するスザンナのドーナツや料理の得意な母ドロシーの料理のレシピが11種類とじ込みです。ミステリーを楽しみながらサウスカロライナ料理も味わえるのです。推理小説中毒のオジサンが、ある日突然にアメリカンな料理を作り(作らせ)始めたら、シャーロック・ホームズなら「コージーを読み始めたね」と言い当てる事でしょう。

 

 ドーナツ・ミステリーシリーズは2010年「午前2時のグレーズドーナツ」(Glazed Murder)に始まり、2019年の(Caramel Canvas)まで39巻刊行している(日本語版は最初の5巻まで)。多作とされる推理小説作家でも1年に1冊程度なのでコージーミステリーは別の業界だと思います(英語圏はマーケットが大きいので日本の作家との比較は意味がない)。

 作者ジェシカ・ベックJessica Beck 1958~は、別名義ティム・マイヤーズ(Tim Myers)、エリザベス・ブライト(Elizabeth Bright)、メリッサ・グレイザー(Melissa Glazer)、クリス・キャベンダー(Chris Cavender)、ケイシー・メイズ(Casey Mayes)と紹介されますが、独立した別名義作家もおりジェシカ・ベックは作家でもあるのでしょうがプロジューサーなのでしょう。

 

 この軍団でThe Cast Iron Cooking Mystery Series (鋳物調理器料理)、the Classic Diner Mystery Serie(ムース料理店)、 the Numbers Mystery Series(数字合わせ)、 Lighthouse Inn Mystery Series(山の旅館)、 Slow Cooker Mystery Series(スロー料理)、 Soapmaking Mystery Series(石鹸作り)、 Candlemaking Mystery Series(キャンドル作り)、 the Card Making Mystery Series(カード作り)、 the Pizza Mystery Series(ピザ店)など大量にコージーミステリーシリーズを出しています(いずれも日本語未訳)。

 

 本格推理小説でなければ推理小説ではないという方は別にして面白く読めればいいという方には絶好の一品です。

 

<ストーリー>

 スザンナ・ハートは浮気をした夫マックスに愛想をつかして一人暮らしの母の元に帰ってきた少し太めのアラサーである。離婚慰謝料を注ぎ込んで町のドーナツショップを買い取り自分好みに改装して可愛い「ドーナツ・ハート」というドーナツショップを開業した。

 

 朝2時に店に出て準備し5時半に開店、昼前には閉店する。休みはない。大学進学の資金を稼いでいるエマに手伝ってもらっているが大変である(エマは週に1回休ませている)。

 

 スザンナがいつものように準備に取り掛かろうとすると表で音がした。慌てて出ていくと誰かを投げ捨てて車が逃げ去った。放り出された死体はドーナツ・ハートの客でもある銀行員のパトリック・ブレインだった。警察に通報すると若い警官ムーアがパトカーで駆け付けてきた。スザンナは、引退した警官でドーナツハート常連客のジョージ・モリスや親友のグレイスと犯人探しに乗り出すのだった。

 

 パトリックの取引先で経営が苦しいアライド建設や怪しいPR投資会社にグレイスと記者を装って話を聞きに行く。パトリックが離婚して愛人と結婚し、部下のオールドミスが辞職したというので愛憎のもつれ、生命保険の行方を調べる。

 みんな怪しいが確たるものは掴めないのにスザンナは「手を引け」という脅しをかけられ始める。ジョージが警官の汚職の噂を聞きつけるが関連が見えない。

 

 警察署長で母ドロシーの高校時代の同級生フィリップ・マーティンや州警察の刑事ジェイク・ビショップが捜査にあたり、スザンナに「危険だから手を出すな」と忠告する。美男子のジェイクは妻を交通事故で亡くした独身であり、スザンナとの仲が進行する。

 

 スザンナが夜、公園で「手を引け」と言う男に襲われた。スザンナが必死に腕をひっかくと男は逃げた。警官たちが公園を捜索したものの犯人は見つからなかった。腕にひっかき傷のある男の捜査が始まった。

 

 早朝、当日販売するドーナツを作っていたスザンナの厨房に、刺されて死にそうなジェイクが倒れ込んできた。後ろから警官ムーアが現れスザンナも殺す積りなのだった。ムーアは賄賂を受け取っているところをパトリックに見られ、懐柔することが出来ずに殺してしまい、アリバイ作りのため深夜の目撃者はスザンナしかいないのでドーナツハートの前に捨てたのだった。

 

 スザンナは咄嗟の機転で麺棒をドーナツを揚げていた油に投げ込み、油を浴びたムーアは進退窮まった。