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フォールアウト (ハヤカワ・ミステリ文庫)
1,404円
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Fallout: V.I. Warshawski 18
881円
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本作はサラ・パレッキーのV・I・ウォーショースキーシリーズの18番目の作品であり、2017年に出ている(2018年に「Shell Game」を出しているので通算では19作品、他に2編短編集がある)。
日本語版タイトルの「フォールアウト」は原題も「FallOut」である。サラ・パレッキーの日本語版タイトルは全てカタカナなので原題と同じと思われそうだが、実のところ原題と同じなのは4作品しかない。コナン・ドイルやアガサ・クリスティのようにタイトルから内容が分かりやすいのが好みなのだが、原題のタイトルは内容が分かりやすいとは言えないし、日本語版タイトルはさらに分かりにくい。「報告書ではありません。文学なんです」と言われればまったくその通り。
フォールアウトと言うのは「死の灰が降る事」「汚染地域」のような意味らしい。本作品では冷戦が頂点を極めて米ソ相互軍縮の動きが出始めた時代を背景に1980年代の反原爆市民運動を舞台としている。時代を知る米国人が核戦争の恐怖を描いたものとして即座に思い浮かぶのは「The Day After」というドラマだという。カンサス州のICBM基地からソ連に向けて発射されたミサイルに応戦してソ連からもミサイルが飛んできて、原爆、更にひどい放射能後遺症に苦しむという内容で最初に放映されたのは1983年である。
本作も1983年、カンサス州ローレンスを舞台としている。サラ・パレッキーは作品ごとに時代背景や業界を調べ上げ、ジャーゴンを使いこなすことに定評がある。それ故に本作が1983年であり、ローレンスであることには必然性がある。
だが、サラ・パレッキーは父親がカンサス大学(ローレンスにある)の細胞学の教授だったのでローレンスで育ち、自らもカンサス大学に通っている。また、本作は反原爆をテーマにしたものと思いきや、中盤から実は生物兵器による汚染問題だということが分かる。
だから、カンサス大学の細菌学の教授や実験室の風景、人間模様が頻繁に登場する。ローレンスの風土や人種問題の有様も同様である。ベースになっているのは父親の実験室に遊びに行きラボの人たちと親しんだ経験であり、若い時分から慣れ親しんだローレンスの風景なのだろう。
本作ではパレッキーは調査に手を抜いたと言いたいのではない。過去の作品ではパレッキーは差別問題、業界の不正問題など必死に力説する場面が見られたが、本作では原子爆弾も生物兵器も怖くないのである。つまり、煽っていないし肩の力が抜けている。社会問題をテーマとしてきたパレッキーが変容したのではない。「ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ」や生物兵器をさりげなく俎上に挙げる事で読者に問題を(必死に説くよりも)考えさせることに成功しているように思う。老成した大人の力である。
本作では細菌学の教授は名誉心だけの家庭を顧みない我儘な悪人である。このあたりパレッキーと父親の関係が気になるところである。パレッキーはアラサーで25歳年上の男性と結婚しているが、本当の父親からは得られなかった父親を求めたのではないかとか・・・
特に長編でもないのに(日本語版654P原書453P)ストーリーが濃密で、登場人物も多いので並みの読書家にはメモなしには読めない。これもパレッキーらしいと言えば言える。下手に読み飛ばすと辻褄が合わなくなるのである。多少、気合を入れて読み進めなければ最後まで行きつかない。
本作ではヴィックの年齢や年齢にかかわる話題に触れた場面はない。舞台が2015年だと明示しているので、1982年の「サマータイムブルース」で32歳でデビューしたヴィックは65歳でなければならない(1947年生まれのパレッキーとほぼ同年齢)。同時期32歳でデビューしたスー・グラフトンのキンジー・ミルホーンは2018年刊行の24作目でも38歳である。グラフトンは2017年に亡くなったので次はないが、最後までジョギングやジム通いに精を出し、アクションシーンもあれば男女関係も半端ない。本作のヴィックは犬の散歩や多少のアクションはあるものの激しくはない。むしろ殴られればすぐに入院するし回復も遅い。65歳の婆さんの体力は想像できないが2015年のヴィックとしては無理はないようだ。恋人のジェイクはスイスに移住したので思いだけでロマンスとは縁がなくなった。
ストーリーが追えなくなってきたら、関心を他に向ければ最後まで読み通せるものである。
<ストーリー>
ヴィックが可愛がっている大学生バーニーが友人のアンジェラと来訪して、アンジェラの従弟のオーガスタが行方不明なので探して欲しいと頼みに来た。強引なバーニーに拝み倒されて引き受けたヴィックは調査を始める。
映画監督志望のオ―ガストが副業でトレーナーを勤めていたジムは荒らされ、アパートも乱雑にかき回されていた。オーガスタの部屋に飾られていた往年の黒人大女優エメラルド・フェリングのポスターから、オーガスタはエメラルドのファンで知人だと知り、エメラルドを訪ねる。
エメラルドは行方知れずとなっていた。トロイ・ヘンペルを中心に隣人たちは、ヴィックの話を聞いてエメラルドの捜索を依頼する。エメラルドはオーガスタをカメラマンに「エメラルド史」を撮ろうとしていたとの事なのでヴィックはエメラルドの故郷カンサス州ローレンスに向かう。
エメラルドの父はライリー基地に所属していたが戦死、母ルシーダはエメラルドを連れて働き口のあったローレンスの黒人居住区に引っ越したが歴史的大水害で街は壊滅した。知人の農場主ドリスに誘われてローレンス西のICBM基地に隣接している農場に移り住んだ。ルシーダはカンサス大学のキール研究室作業員に雇われた。エメラルドはカンサス大学に入学したが、在学中ハリウッドの監督に認められカリフォルニアに行き女優になったのだった。
エメラルドの生育史を辿ってライリー基地を訪れたヴィックはエメラルドとオーガストが撮影に訪れた事を知り、基地の幹部バッゲト大佐に事情を説明し協力を依頼する。
エメラルドが育ったドリス農場に行ったヴィックは腐敗したドリスだと思われる死体に出くわす。一緒だったと思われるエメラルドたちは逃げたようだった。死体の検屍をしようとしていた検死医のロークはその場で急死。死体は行方不明となった。ヴィックには、エメラルドの所在を探すには事件の謎を解く事が必要になった。
ソニアという女から「エメラルドに会った」という電話を受けたヴィックはソニアのいるバーに行くが、ソニアは薬とアルコールで昏睡しており、ヴィックは病院に連れて行った。ソニアはカンサス大学の著名な細菌学者ネイト・キールの娘で、1983年14歳の時、キール研究室の研究員だったマット・チェステインに恋慕してから精神を病んでいた。以降30年以上薬漬けの人生を送っており誰もソニアの言う事を信用する者はいなかった。キールは消えたマット・チェステインを嫌悪していたが、ソニアは未だに恋慕し、その最後を語り続けていた。
ヴィックは調べものに寄った街の図書館で小学校の歴史教諭キャディに出会う。キャディの母ジェニーは1983年夏、ICBM基地の隣のテント村で原爆反対運動をしており、生れたばかりのキャディも一緒だった。空軍が「原子力により危険、即刻退避」という警告をした際に慌てて逃げ、カンサス川に落ちた車の中から遺体として発見された。キャディを心配して探しに行ったエメラルドの母ルシーダが見つけ、ジェニーの母ジェントル―ドに届けたが、その直後ルシーダは肺の病で死んだ。同時期にマット・チェステインも行方知れずとなり、ジェニーの赤ん坊の父親になるのが嫌で逃げたのだとも言われていた。ジェントルードはキールの元秘書だった。
ヴィックはホテルのバーでキール教授とバッゲト大佐、ICBM基地が廃止された後、基地ができる前はドリスの所有だった土地を取得してアグリビジネス企業「シー・2・シー」を起こしたロスウェル、不審な学生ピンセンの密談の場に遭遇する。キールと妻シェールの仲は最悪だった。ソニアが生れた30数年前、キールがチェコスロバキアに出張し現地の細菌学者マッダ・スピロフと浮気し、その後マッダがキールを頼って亡命した頃から不仲は始まっていた。マッダは東側の細菌兵器の専門家であり、亡命後キール研究室にいたが1983年の夏以来行方は分からなかった。
ジェニーが死んだ同じ場所でドリスの射殺死体が発見された。ドリス家で発見されドリスだと思われていた死体はマッダ・スピロフだった。ドリスは元ICBM基地周辺(ICBM基地跡、「シー・2・シー」農場、ドリスの農地)の汚染を調べていたので、連続する事件の因は1983年夏の出来事にあると考え始めたヴィックは、信頼してくれた黒人居住区の老婆ネイル・アルブリットンの指示で地区の仲間エド、ルー兄弟を訪れ、オーガストの車を発見した。長い間隠されていた空軍が撮影した極秘の映写フィルムがあり、真相を知る。
1983年夏、ICBMに反対するテント村を排除しようとした軍は「放射能危険」の告知をし、重体には至らない肺の障害を起こす細菌をキール研究室の協力で航空機から散布することにした。だが不実なキールを困らせようとしたマッダは細菌兵器に入れ替え、生んだばかりのキールとの赤ん坊をテントに置き去りにしたのだった。テント村から参加者が逃げて消えた後、兵士がテントを点検しジェニーと赤ん坊を発見した。軍に協力して参加していたキールラボは愕然とし、ルシーダは赤ん坊をキディと信じてガートルードに届けたのだった(実はマッダとキールの子)。
死にゆくジェニーを発見したマットはジェニーを救おうと抱えて逃げようとしたが、秘密を守るため兵士が射殺した。ソアラは見ていた。
空軍が必死になって消えた映写フィルムを探していた。オーガスタのジムやアパートを荒らしたのは、裏で協力していたロスウェルが率いる極右団体だった。
ヴィックがいつまでもオーガスタの行方を調べない事に業を煮やしたバーニーはローレンスに来て、父母を知りたいキディと共にICBM跡地に調べに行く。慌てたヴィックはICBM跡地に二人を探しに行く。廃棄された旧指令センタービルでバッゲト大佐、ロスウェル、ピンセンと出会い真相を確認するものの地下に閉じ込められる。キディは囚われていたがバーニーは逃げたようだった。地下にはICBM格納庫があり生物兵器培養施設となっていた。
ヴィックとキディは極右団体員に追われるが、間一髪で閉じられた地表へのドアが開き、困憊負傷の身ながら救われた。ドアを開けたのはエドとルー。預かっていたヴィックの愛犬のペピーが騒ぐので直感でヴィックの危機を悟り、バーニーと出会ったヴィックに好意的なエヴァバード巡査に話を聞いて駆け付けたのだった。ICBM跡地にはローレンス警察が総出で集結し、FBI、軍兵士も出動していた。ヴィックは軍の映写フィルムをネットに流したので軍の秘密維持は不可能になっていたのだった。全員逮捕され、ヴィックは怒ったが、陰謀を暴いたとしてバッゲト大佐は手柄を立てた事になった。
逃亡の必要がなくなったエメラルドとオーガスタが出て来て、てヴィックに感謝した。二人はヴィックがよく通っていた図書館の地下に、黒人居住区の主で子供時代のエメラルドの隣人アルブリットンの指示で図書館主任のフィリスが匿っていた。状況は把握していたのでヴィックに会うのは初めてだったが旧友のようであった。
エメラルドは母ルシーダのパートナーで父親代わりだったドリス(レズ)に土地の汚染を相談されてローレンスを訪れ事件に巻き込まれたのだった。ドリスの農場はエメラルドが相続した。
キディはジェニーの娘キディではない事が分かったのだが、キディはゲイトルードの孫であることを選び、長年真実が表沙汰になる事を怖れていたゲイトルードは安堵するのだった。
ローレンスは住民同士の繋がりは強いが、よそ者には心を閉ざす土地柄なのでヴィックは途方に暮れる場面も多かった。だが、アルブリットンやエド、ルーなど黒人居住区の住人達、エヴァーバード巡査などはヴィックを信じてくれた。ヴィックは彼らに別れを告げ、自分の町シカゴに向かう。
ヴィックのアパートにみんなが出揃って歓迎してくれた。シカゴ、わたしの町。
数日前、楽団の仕事のためスイスに移った恋人のジェイクから別れを告げる手紙が届いていた。2015年冬、ヴィック65歳の時の事件である。