今日は、「飼う資格」という、ちょっと厳しめな表現についての記事です。

 

たとえばですが。

 

一桁の年齢でお空に還ったワンちゃんのお母さんが「自分に犬を飼う資格があるのか」というようなことをSNSで発信されてたのを読んだことがありました。

 

そのワンちゃんは散歩中にペタっとフセの状態になることがあったそうで、それを「いやいやえん」(ご存じの飼い主さんも多いかな。ちょっとリードをつんつん引いてみても、動きません!と抵抗してみせることね)だと思っていた、と。

 

検査で疾患が見つかったときは、すでにかなり進行していた、と。

 

最初に投稿を読んだときは、「それは辛かったろうなぁ」と感じました。そばにいたHanaはまだ元気でぴんぴんしていた頃だから。

 

でもたぶん、今同じ投稿を見たら「そんなことないよ! でもすごくわかるよ!」と言いたくなるだろうな。

 

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カーチャンは、ペットが飼い主を選んで生まれてくるという話を信じています。

(時には、ひどい飼い主のところにわざわざやってきてしまう子もいるでしょう。それでも、魂のレベルでは、ニンゲンたちが思い及ばない目的があってやってきて、天使になって帰っていったときは、めちゃくちゃ神様にヨシヨシされるかもしれません)。

 

朝、Hanaと散歩していると、可愛がってくださる沢山の方たちによく声を掛けられ、「いつも元気でいいね」とか、「この子は18歳まではいくね」とか、「ずっとずっとその調子で長生きしてね」とか、言われてました。

 

皆さんの言葉は、カーチャンにとっては予祝というか、予言というか、自分では力及ばない約束のように感じられて心強く、それらの言葉を大切に胸のデータベースに格納していたのです。

 

でも、実際には、Hanaは、そろそろ行くわ、と旅立ってしまいました。

 

カーチャンの心には、データベースの中のめでたい褒め言葉の数々が、塊となって重しのようにのしかかり、自分責めの大きな要因の一つとなってしまいました。

 

「飼う資格なんか、なかったんじゃないか」と。

 

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でもね…

 

今、少しずつ復活してきているカーチャンは、先月のうわんうわんと泣いていたカーチャンに言いたい。

 

 

わかる

 

 

でも、もうやめようよ。

 

… それ、違うから。

 

あなたがExcelで作ったいろんなファイルをもう一度開いてごらんよ。

日々の健康状態をいつもメモしてある。体重も。散歩の量も。何を食べたか、何を残したか。病院で何をしてもらったか。検査値の増減も。処方された薬の成分を自分で調べて移しておいたメモも。手作りメニューには栄養の割合を計算できる数式まで入ってる。

 

完璧じゃないけど、こんなに愛してたじゃない。なるべく楽しいように、なるべく辛いことのないようにって、願って行動していたと思うよ。

 

しかも、最後の数ヵ月を除けば、Hanaはいつも元気元気で笑っていたじゃない。

じゃれついてきていたじゃない。

 

飼う資格がないなら、誰にあったって言うんだよ。

 

Hanaはあなたが好きだったんだよ。

 

 

 

それは、他の飼い主さんたちもきっとそうだと思うんです。

 

あなたじゃなきゃ、だめだった。

 

長い短いだけで切り取っちゃいけない。

 

資格がどうのこうのの前に、あなただから、よかったんだって。

 

 

(↑ハローって、我が家にやってきて少し経ったころ。可愛すぎる)

 

 

 

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