朝の犬散歩が大好きだった。
だから、一人での朝の散歩だけは、なかなかできなかった。
やってはみたけど、辛かった。
でも、やがて七七日も過ぎてしまうまでに、Hanaと歩いたいろんな散歩コースを巡ろうと考えた。
そうしようと、決めた。
近いうちに処分するつもりの、尻尾の毛。
カフェオレ色、白色、銀色、こげ茶色の混じった毛。
亡くなった後でそうっと一つまみ分だけ、切り取っておいて、小袋に入れといたもの。
それをポケットに入れて、家から四方向、あちこちの大小の公園や通りを歩いて、Hanaにもう一度見せてあげようと思った。
勝手にそれが「約束」だと信じて。
一日目は無事に歩き切った。
さて、二日目。
家を出てすぐに、Hanaをとてもかわいがってくださったご近所の奥さんと目が合った。
ゴミ出しをされていたところらしい。
独りで歩いているカーチャンを見て、ニコニコしていた彼女の表情がぐっと真面目に変わった。
「あれ、どうしたの?」
「実は最近亡くなって…」
カーチャンはもうそれ以上言えなくて、持っていたタオルハンカチで顔を隠してしまった。
彼女は「ああ」と言って、空をにらむような顔つきのまま涙を流され、やがてしゃがんでしまった。
状況をお伝えし、これから散歩する理由についても説明した。
彼女はうんうんとうなずいて、「一緒に今も歩いているんだもの。行ってきてあげるといいわ」と言った。
ペコリと挨拶して、また独り、歩き出す。
でも、もう、今日はダメだと思った。
曇り空。
風のない雨上がり。
Hanaがリラックス気分で喜んで歩きそうなお天気だ。
約束じゃん、約束じゃん。
そう自分に言い聞かせたのだけど、一番近い思い出の林まではなんとかたどり着き、そこでビービーと泣いて、また引き返してきてしまった。
本当はそこからさらに片道30分くらいは歩いていくつもりだった。
でも、先程のご近所さんとのやり取りで、無性にさびしくなってしまって、あきらめてしまった。
彼女が悪いのではなくて、彼女が優しかったから。
彼女とはよく立ち話をしていたけれど、その間、Hanaはのんびりと足元にフセしておしゃべりが終わるのを待っていたものだ。
「ごめん、早くも挫折だわ」
ポケットに手を入れて、小袋をそっとなでる。
約束守り切れない、オッケー。
挫折する、オッケー。
あきらめる、オッケー。
Hanaがいつものように鼻ツンして返事してくれたように感じた。