東京都の住宅計画にともない、水田、桑畑、山林が主だったのどかな地に、近代的な都営武蔵岡団地が建てられ、多くの人々が大戸の地で暮らすようになりました。そして、大戸の地はたくさんの子ども達でにぎやかになりました。
昭和43年(1968年)3月に大戸小学校が閉校になった大戸の地に、人口増加により再び町田市立大戸小学校として昭和58年(1983年)4月設立されました。開校時は、9クラスで児童数296名でスタートしました。
また、同時に武蔵岡中学校も設立されましたが、まだ、中学校の校舎は完成していなく、大戸小学校の一部を借りて授業を行っていました。開校時は3クラス105名でした。
昭和59年(1984年)すぐ近くに、法政大学多摩キャンパスが設立され、太い道も整備されましたので、急激に交通量も多くなりました。
大戸小学校創立10周年のころ、大戸地区の歴史 と文化財 ・方言・民話などについて調べていた時の事です。あるお年を召 した方に、
「相 原小から分かれて大戸分教場を 作っているのですが、どうしてですか ?」
と、尋ねました。
する と、その方は、
「交通の便が不便だとい うことももちろんあったが、一番大きな理由は、大戸の地に学校があった方 が良いと考えたからだ。小学校は、近い方がいい、 歩 ける方がいい ! 大戸地区は八王子の近 くまであ るからね。今の大戸小まででも歩いたら30分 くらいはかかる。だか ら、大戸分教揚は、今の相原幼稚園 の所に作ったのだ。俺たちはもうあと 10年 もすれば死んでしま うだろう。しか し、子 ども
達は、これか らの社会を担っていくのだ。この大戸の自然や地域の人達の思いを忘れないでほしいのだ。団地ができ て、子どもの数が増えて、新 しい学校が建つ と聞いた時は、本当に喜んだものだった。大戸小学校は、 この地域の宝だよ。」
と、このように教えてくださいました。
それを聞いて、大戸には学校がなくてはならないものなのだと思ったものです。
しばらくぶりで円林寺の大賀ハスを見に行きました。6月末に見た時は、たった一つの花が咲いていて、その美しさに感動したのですが、今日は、茎が二倍に伸びて、つぼみをたくさんつけていました。
ハスの花が開くのは、午前中と聞きました。お昼時でしたが、開いている花がいくつかありました。
これから、いい時ですね。お勧めのスポットです。美しい大賀ハスの花をこんなに近くで見ることができるところは珍しいです。大賀ハスの株分け第1号だそうですよ。
