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担当医から聞いた母の病気の詳細

母が病院に戻った

昨日から抗がん剤を飲み始めた

その途端

やはり体調は悪くなった

それでも

楽しそうだった母

でもやはり

またあの治療をしなければ

ならないのかと

元気がなかった


そして今日

担当医が話をしたいということで

一緒に話を聞いた


病名は急性骨髄性白血病

最初の抗がん剤で

大抵は白血病細胞が

ぐっと減るらしいが

母のはなかなか下がらなかった

調べたところ

母には


フィラデルフィア染色体陽性

多数複雑染色体異常


という

特殊な遺伝子があることがわかった

このフィラデルフィア染色体は

通常は

慢性骨髄性白血病

急性リンパ性白血病

で見られるらしく

急性骨髄性白血病で

見られるのは本当に稀

つまり

この遺伝子を持っているということは

典型的な白血病よりも

抗がん剤が効きにくく

それで

なかなか白血病細胞が減らなかったらしい


そこで今度は

チロシンキナーゼ阻害薬

という抗がん剤を使用したところ

ようやく悪い細胞がなくなった

しかも

この薬が効くか効かないかは

わからなかったとのこと


良かった

効いてくれて


でも

この薬がなかなか厄介だった


母が一時退院をして

期待するのは

白血球と血小板の回復

しかし

担当医が期待するほど増えていなかった

白血球→1100

本当は1500〜2000欲しかった

血小板→30000

本当は5〜60000欲しかった


理由は

ひとつは年齢的なもの

75歳は若くないということ

そしてもうひとつは

チロシンキナーゼ阻害薬を飲んでいるから


この薬を飲むと熱が出て

口からの食事が取れない

味覚が変わるらしい

水もご飯もコーヒーもまずいと言っている


今日入院してすぐに

血液検査と骨髄検査をした

この中に

白血病細胞があったら

明後日か週明けには

抗がん剤開始

無かったら

白血球が増えるまで待つ

その際

病院ですることは

特にないから

家にいてもいいと言われた


しかし

私はまた、息子の世話に戻る

妹は仕事が多忙になる

父は運転させられない

母は状況を読み込んで

病院にいると言った


ごめん

ごめんね


検査の結果は悪くなかった


ごめんね

一緒にいてあげられなくて

良い結果なのに

切なくなった


母の病気は難治性

よくここまでもってくれた

食道がんも早期発見で

完治した

これも乗り越えられるはず


みんなで乗り越えよう





できる限りのことをやる

母が一時退院をしたので
実家にで世話をするために
私とちーが
帰省中

母は退院をものすごく喜んでいる
お医者さんに
美味しいものを食べて
太って帰って来てくださいと
言われたと言い
(入院して約1ヶ月で6キロ減ったようだ)
食べたいものをリクエストしてくるので
全力で応えている

ただし
味覚が変わってようで
楽しみにしていたものが
それほどじゃないと
ガッカリしている
麦茶 緑茶 コーヒー クリームパン

退院して4日目の今日は
だいぶ味覚も戻ってきたと
喜んでいる
ラーメン屋のラーメンが食べたいよ〜と
言っていたので
セブンのラーメン
侮れないよニヤリ
と言ったら
食べたい❣️というので
タンメンとすみれの濃厚味噌を
ランチに購入
ついでに稲荷寿司も…と
買って行ったら
美味しい美味しいラブラブラブ
と、大喜び
父も嬉しそうで
食道がんで食道全摘してあるので
あまり食べられないのだが
嬉しそうに食べている
当たり前のこの光景に
涙が出そうになる
相変わらず
父に強い母も健在
父も嬉しそうに叱られている
病気などそこに
存在しないかのように

この当たり前の光景を
この目にこの心に
焼き付けておこう
これが
当たり前ではないのだから

明日はカレーが食べたいとの
リクエスト
私が作れるものでよかった

ユニクロの服や
スタバのドーナツも満喫🍩

木曜日が病院に戻る日
毎日帰りたくないよーと
言っている
そうだよね
今、とっても幸せだもんね
これが当たり前になるように
頑張ってね

入院中は
私の知らない
壮絶な大変な状態も
あったみたいだが
元来、気の強い母
そこが嫌な時もあったけど
今はそれが羨ましい
私はダメだろうな
こんなふうには出来ないな

あと2日
当たり前の生活を
楽しもう





会える❣️

母が退院した
と言っても
次の抗がん剤を始めるために
ご家族と会ってきていいよ〜
といったものらしい

正直
母の病名を知った時
ある程度覚悟はした
もう
会えないかも…

母方の祖母は
ALS という病気で
予想よりもかなり早く
亡くなってしまった
医者も驚くほど
早くに逝ってしまった
70代だった

母方の祖父は
舌ガンからの食道がんで
やはり
あまり長い闘病生活をせずに
亡くなった
80代になったばかりだった

そんななので
遺伝的に
そういう家系なのだろうと

病名を聞いたときは
やはりきたかと
覚悟をしなければならないと
頭のどこかで思っていた

しかし
母の
必ず帰るという意志は強く
担当医に
頑張らなくていいよと
言わせるくらいだった

そして
思ったよりも早く
会えることとなった

遠く離れて暮らしてあるからか
LINEでやりとりをしているからか
覚悟をしているとはいえ
どこか現実味が無い

だから
明日
会った時に
自分がどのような感情になるか
少し不安もある

でも
やはり嬉しい
会えることが嬉しい

ちーと触れ合うことはできないけど
連れて帰るからね
待っててね