「椰子の実」は歌謡曲?!
お客様の反応を見て、この曲は「唱歌」だと勝手に
思い込んでおりましたが、実は、唱歌ではなく、
「国民歌謡」というNHKが作り出したラジオ番組で
誕生した曲だったのです。
1936(昭和11)年7月、NHKラジオ番組「国民歌謡」
として作られ、7/13~1週間、「東海林太郎」さん
の歌唱で放送されたのが最初。
えぇぇぇぇ???東海林太郎さんが最初に椰子の実を
歌唱された方??・・・と驚くお兄様お姉様も多いかも
しれません。
当時の東海林太郎さんは、昭和9年の大ヒット曲
「赤城の子守歌」や「国境の町」のイメージが強く、
唱歌や歌曲のような「椰子の実」を歌唱される姿が
想像できないと思われるかもしれません。
実は、実際、当時も「あの!東海林太郎氏は、こういう
曲調の歌も歌える素晴らしい歌手だ!」と、更なる人気
を得るきっかけとなったそうでございます。
ラジオ放送では、東海林太郎氏の1週間の放送後、
8/3~二葉あき子さん、11/9~多田不二子さん、
12/9~柴田秀子さんの歌唱で放送されました。
そして、放送された年1936(昭和11)年12月に、ポリ
ドールレコードより、東海林太郎氏の歌唱でレコード発売
されました。
この「椰子の実」といいう曲の歌詩は、今年生誕150周年
を迎えられた「島崎藤村」先生が、本名「島崎春樹」氏の
名前で、1901(明治34)年8/25、春陽堂より刊行された
「落梅集」の中に収録された「椰子の實」の詩です。
次回、歌詩についてのお話をご紹介させて頂きますね。
お楽しみに・・・・🎵
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「椰子の実」という曲をご存じでしょうか??
大磯町の島崎藤村先生のチラシやパンフレットの
肖像権を管理されている港湾事務局の担当者の
皆様は恐らく間違いなく私よりお若い青年でした。
島崎藤村先生の事は勿論ご存じでしたが、代表曲
があることはご存じありませんでした。
「椰子の実」「惜別の歌」等など・・・。
実は、私も、歌手を生業とするようになり、みんな
で楽しく一緒に歌う「歌声ゆう子の会🎵」を開始
するようになってから、「椰子の実」という曲に初めて
触れました。・・・そう、知らなかったのでございます。
学校で習ったことも、教科書で見かけたことも無かった
のでございます。勿論「惜別の歌」も存じ上げません
でした。知る事が出来て本当に良かったです。
楽譜で独学で勉強して(覚えて)いき、本番でお客様が
どんなテンポでどんな風に歌うかを研究しながら、
今に至り、研究は現在進行形でございます。
知る事ができ、また、独学ではございますが、色々
「椰子の實」の事について研究し、更に色々な事に
触れる事が出来、本当に良かったと思います。
曲は、心の文化と改めて感じます。知れば知る程、
触れれば触れるほど、敬意と感謝の気持ちが強く
なり、心が豊かになります。
ありがたや~ありがたや~。
大磯町の青年の皆様にも、是非、知って頂きたく
同じ気持ちになって頂けたら更に嬉しく思います。
ではでは・・・☆彡