大好きだった母

 

ご飯を食べる量が減って水分も取れていない

時々粗相をするようになった

頭がしっかりしている母を傷つけたくなかったので

トイレに行くように促して

その間にきれいに片付ける

 

月に一度病院には薬をもらうために通院

薬が増えたり減ったりしていた

 

だんだん調子が悪くなって

また入院かと思って覚悟していた

 

その頃知り合った方が介護施設を経営していた

時々相談はしていた

 

ある時病院に連れて行った時

即入院と言われた

介護施設を経営している彼女に相談したら

「連れて帰ってきていいよ」と言う

病院は

「何があっても知りませんよ」と言う

ご飯が食べれていなくて困っていたのに

病院から介護施設に連れて行ったら

直ぐにちゃんとご飯を食べるようになっていた

 

病院に入院していたら点滴の日々になっていただろうな

 

介護施設に連れ行った夜

足が悪い母は四つん這いで玄関まで行き

「誰か〜助けてください、姥捨山に連れてこられました〜」

か細い声で言っていたそう(笑)

 

夜になって我に帰ったのだと思った

可愛い母

 

その施設では可愛がってもらった

いつもニコニコしていたようだ

訳のわからない下ネタも笑っていた

笑って誤魔化していただけなんだけど可愛い

 

私は果たして母のように可愛いおばあちゃんになれるのだろうか

いつもそう思う

 

時々施設でもどうにもならず救急搬送になった

それでも施設は受け入れてくれた

本当に有り難かった

 

最後に救急搬送された時

しばらく入院したら施設に帰れるとみんな思っていた

 

病院に入って、割と元気だった

退院はもうすぐだねと施設の方も思っていた

 

でもだんだん調子が悪くなった

点滴をずっとしていた

血管が細い母

血液検査やら点滴やら苦労させられていた

 

点滴の針を指しているところが水脹れになった

看護師さんに尋ねると

点滴が入っていかないのでしばらく点滴がやめましょう

けれども

1日もおかず点滴は始まった

 

床ずれも起こしていて

足が痛いと言っていた

 

そのうち

痛い痛いと言い始めた

 

どこが痛い?

足が痛い(床ずれ)心臓が痛い

 

点滴の針の場所が水脹れになった頃から

痛い痛いと言っている母の横で

調べ始めた

 

自然死とは

 

いろいろ調べていくうちに

心臓が悪い人に点滴は心臓に負担がかかりすぎる

ということもわかった

 

もう点滴はやめてほしい

 

痛い痛いという母

 

先生がモルヒネを使いましょうか

モルヒネを使うと意識はもうろうとするので

ご家族のことはわからなくなるかもしれません

 

少し悩んだ

だけど

覚悟した

モルヒネをお願いした

 

先生は

順序があってモルヒネは使えませんでした

坐薬を二つ出します

 

痛い痛いと叫ぶ母

個室だったけど廊下中に響いていたと思う

 

坐薬が出た

なぜか一つ

看護師さんに二つだと聞いていると言うと

先生はもう帰って確認が取れないと

 

その夜

母も痛い痛いと言っていた(叫んでいた)

私はその横でうつらうつらしてしまっていた

看護師さんが走ってきた

母の心臓は止まりかけていた

 

お母さんごめんね

寝てしまってた

 

これも母の愛だと後から思った

 

母は病院ではいつも「ごめんね、ありがとう」と言っていた

そして

「あなたも寝なさい」と

 

 

母の死によって

いろいろなことを知った

 

今まで信じていたものは違っていた

 

その後のコロナ禍でさらに知らされていないことをたくさん知った

 

自然死

とても大切なこと

苦しまずに一生の最期を終える

 

もっと早くに知っておくべきだった

薬も飲ませるべきではなかった

美味しいものをたくさん食べてもらいたかった

なぜ制限してしまったのだろう

 

母は100歳は超えると信じていた

大好きだった母

 

時々思い出す

 

時々でごめん

だって涙が止まらなくなるから

 

今の私だったら

少し知識が増えているから少しは違っていたかもしれない

 

かもしれない

だけど

自然死は選ぶと言い切れる

 

ごめんね

苦しかったね

 

こんなことを言ったら母は何と言うだろうか

だから

今まで言ってこなかったのだけれど

 

全てお見通しかな〜

 

お母さん

大好きだよ〜💖