ヨガは古代インドの賢者達が考え出した叡智です。
その中ではこの世の中にあるもの全ては実はひとつながりのエネルギーなんだと教えられています。
空も海も雲も山も大地も食べ物も人間も動物も、何もかもが実は同じもの。それを分けているのは人間の『エゴ』である。エゴがあるから自分と他人があって、エゴがあるから心が動く、嬉しいし楽しいし苦しいし悲しい。
エゴは執着とも置き換えられます。執着を手放した時にエゴが消える。心の作用が無くなる。
例えば、スポーツ選手が現役時代に全てを出し切って引退した後のように。大好きだった食べ物を散々食べまくって、突然食べたく無くなるように。または若い頃に散々遊びまくっていた男性が、結婚した途端愛妻家で子煩悩なパパになるように。
あらゆる事物に対しての執着が消え心の作用がどんどん死滅して行く先がヨガの目的なのですが、これ以上は長くなるのでまたの機会に。
先日、大学時代のアルバイトでお世話になった方が亡くなり、葬儀に参列させて頂きました。
すっかりご無沙汰してしまい、まさか10年ぶりに会うのが彼女自身の葬儀だなんて思っても見なかった。
昔と変わらず綺麗な顔で眠っている彼女の表情からはエゴが消え、全ての執着から解放されたんだなあ、サマーディ(三昧、ヨーガの究極の状態)を手に入れたんだなあと、漠然と思いました。そして彼女の屍は煙となって大気に溶けて、私達と一体になる。
だけど、やっぱり生きて元気に過ごしていてほしかったし、彼女の亡骸を目の当たりにしたらやはり涙が出る。訃報を聞いた日から毎日彼女の事や彼女と過ごした短い日々の事を考える。すごく短い期間ではあったけれど、幼かった私に彼女は色んな事を教えてくれたなと思い出す。
そしてあの頃の彼女よりもずっと年上になってしまった私は、改めて彼女の人間力を思い知る。
生きている限りエゴも執着もきっと消えない。でも経験を積む事で執着は少しずつ減らして行くことが出来る。
彼女が遺した、「いかに気持ち良く旅立てるか」と言う言葉は、きっとそこに集約される。
何でもない日々を一生懸命に過ごさないと。生きているのが当たり前だと思ってはいけない。
彼女の笑顔と高くて優しい声を思い出して、また涙が溢れてくるのです。


