祝、令和元年。

 

昭和から平成への改元は、歌舞音曲自粛の中、

日本中がひっそりと静まり返るような感じだったけど

今回はまるでお祭り騒ぎ。

 

もはや、昭和ははるか遠くになりにけり。

ボクも3つの時代を生きることになったのか、、、

 

いや、陛下はボクより年上でいらっしゃるから、

4つめを経験することだって決してないことじゃない。

 

さて、新しい時代の一発目の投稿は、

約半月前にNMB48を卒業したももるんについて。

 

 

2015年5月に開かれた第二回ドラフト会議で、

7名の有望な若手が我が軍に加入。

 

そのあと翌年の春にかけて、

NMB48の創成期を支えた中堅どころ、

ゆいぽん、りぃちゃん、りぽぽ、かなきちらが相次いで卒業。

 

NMB48も新しい展開を迎えるのかと思ったところで、

5期生のオーディションが行われ、入ってきた10名の精鋭たち。

 

お披露目は、2016年6月。

何人ものメンバーが、劇場で、ライブですぐに頭角を現してきて、

「5期生はレベルが高い」との評判に頷かされたものだった。

 

そんな中、ももるんはあまり目立たない存在。

10月に始まった研究生公演では、

初日メンバーに選ばれたものの、ポジションも序列も後方。

 

翌年6月に始まったカトレア組「ここ天」リバイバル。

初日メンバーを決めるオーディションがネット配信され、

緊張のあまり途中で棒立ちになってしまい、当然のごとくベンチスタート。

 

ごく普通の女の子だったももるんのアイドル人生は、

いきなり険しい上り坂からのスタートだったように思う。

 

でも、ももるんは、ただものではなかった。

 

正直、パフォーマンスでは見劣りしていたけれど、

毎日が全力、あらゆることに一生懸命取り組むももるんの姿は、

見る者の胸を打ち、心をつかんで離さなかった。

 

ブログの更新が1日滞っただけで「何があった」とまとめられる。

握手会のたびにSNSにアップする自筆のフライヤー。

 

決して運営に推されたわけではなく、

「努力」を武器に自力でごぼう抜きを果たして

2017年12月、17thシングル「ワロタピーポー」で選抜入り。

 

努力していないメンバーなんていないけど、

NMB48の中では、「努力=ももるん」という公式が

絶対的に君臨することとなった。

 

その後も安定してシングル選抜入り、序列は着実にアップ、

新チームMでは、ももっちと並んで2トップに続く存在となって、

いよいよフレッシュピーチ'sが来るか、と思ったところで卒業発表。

新公演の初日からわずか4日目のことだった。

 

ただ、界隈ではなんとなく、そんな気配を感じていて、、、

 

昨年秋くらいからブログの更新が滞りがちになり、

握手会でも時に淡々とした受け答えに感じるときがあって、

あの手書きフライヤーも頻度が減って、、、

 

ゼロから始めたアイドル活動。

加入から約3年、ひたすら全力で走り続け、

チーム昇格、選抜入りと目標を達成して、

この後、自分はいったい何を目指していくのか。

そして、そのためにどんな努力がどれだけできるのか。

 

きっと、何度も自問したんだろうと思う。

 

グループの先頭に立って引っ張っていくキャラではない。

上昇志向の強い同世代や年下のメンバーに揉まれながら、

これからも頑張り続けることは、並大抵のことじゃもんな。

 

3年間、全力でアイドルをやりきって、

NMBの新章の始まりとともに、

次の目標、夢に向かってスタートを切る。

 

「十番勝負」を花道にすることもできたのに後輩に1枠を譲る。

 

とてもももるんらしい身の処し方だと思った。

 

今までのように会えなくなるのは寂しいし、

ももるんが夢に向かって挑戦するプロセスを

見ることができないのは残念だけど、

その潔い決断、ももるんのことがさらに好きになったよ。

 

さて、そんなももるんとの思い出の数々。

(とりあえず、今あるかわいいの貼っとく)

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

初めてももるんを生で見たのは、2016年7月のみるきー卒業ライブ。

5期生が「届かなそうで届くもの」を披露したと

ここに書いているけど、ももるんの記憶はまったくない。

 

その月末の「甘噛み姫」個別握手会、

5部と6部の間にあった5期生のお披露目。

このときもももるんに関する記述はなく、まったく印象に残らなかった模様。

 

拙ブロにももるんが初登場するのは、同年10月のあーぽん生誕。

RESET公演の前座ガールズで「檸檬の年頃」を見たときのこと。

 

ちなみにこんな風に書いていた。

・・・・・・・・・・・・・・・

正直ここまでいちばん印象に残らなかったメンバー。

でも、いちばん正統派アイドルに近いのは

彼女なんじゃないかとこの日思いました。

しっかり力を蓄えて、数年後のひと化けが楽しみ。

(一部省略)

・・・・・・・・・・・・・・・

このときはさほどの関心もなく、

まあ長い目で見て行こう、って感じ。

 

そして、翌11月、初めて劇場で見た研究生公演で印象が一変。

見るたびにパフォーマンスに成長が窺えて

会うのが楽しみなメンバーの一人となったのでした。

 

ただ、当時、ももるんはまだ中学生。

握手(個別)はJKになってから、というマイルールのため、

初握手は、ずいぶん引っ張って翌年の7月、

一発でヤラれてしまった、、、

 

翌8月、えいほいTで臨んだ2度目の握手。

(当時、あーぽんと同じ部だった)

 

両手をつないだまま「えいほい、えいほい」と踊るももるんが

あまりにかわいくて、つい口をついて出たのがあのひと言。

 

ま「あ~、持って帰りたい」

も「持って帰っていいですよ~(笑)」

 

そこから、ももるんとは何度この談義を繰り返したっけ。

 

そして、もう一つの思い出は、生誕Tシャツの重ね着芸。

 

1回は同じチームだったちっひーの生誕祭で、

もう1回はあーぽんが出るBⅡ公演にももるんがまたいだときに、

それぞれの生誕Tの下にももるんTを着て行って

お見送りのとき、ももるんにだけチラっとめくって見せるという「荒業」。

そのときのももるんの反応が猛烈にかわいくて。

 

実質2年もなかった接点なのに、たくさんの思い出がある。

 

劇場公演は14回。

「届かなそうで届くもの」2回、「アイドルの夜明け」9回、「恋愛禁止条例」3回。

 

「届届」でのスカひらセンター、

「ドル明け」での残念少女のセンターは

今でも脳内再生できるくらい強く印象に残っている。

 

痛恨だったのは、2度入ったカトレア組がともに、

ももるんが出なかった公演だったこと。

そして、まさか、昨年末のちっひー生誕が、

劇場でももるんを見た最後になろうとは。

 

握手は82回。

1年8か月の間に積み重ねた回数は、

あーぽん、ちっひー、ももっち、さららんに次いで歴代5位。

いつの間にか欠かせないメンバーの一人になっていた。

 

3部制になってからは、その日のラスト、

ももるんとの握手で締めるというのがマイルールだった。

絶対に事故ることがないし、いい気持ちで帰れるから。

 

あーぽんとの最後の握手のときは、

その前にももるんに報告して、

終わってからも報告に行ったんだ。

 

なんだかんだ、アイドルとしてではなく、

一人の女の子として、好きだったのかもしれない。

 

もし、同じクラスにこんな子がいたら、

きっと授業中、勉強にならなかったに違いない。

学校に行くのは楽しくて仕方なかったろうけれど。

 

そんなふうに思い返してみると、次の握手会では、

猛烈なももるんロスに包まれるかもしれないな、、、

 

今回のブログのタイトルを決めるにあたり

ももるんのイメージとしてパッと頭に浮かんだのが、

頑張り屋さんで、いとおしくて、

あっという間に爽やかに目の前を過ぎていったこと。

 

並べ替えると、どこかで聞いたようなフレーズになっちゃった。

 

スマホに残る写メは3枚。

 

 
 
 
自撮りがブレブレだったのが痛恨、、、
 
ももるん、約3年間お疲れさま。
たくさんの彩りと潤いをありがとう。
ももるんの笑顔と声に触れさえすれば、
あったか~い気持ちになれた気がする。
 
これから歩んでいく道は、
これまでよりもっと険しいかもだけど、
自分の現在地とゴールをしっかり認識して、
できることを頑張れるももるんならきっと大丈夫。
 
そのプロセスを見守り、
夢を実現する瞬間を見届けられないのは残念だけど
いつか、何らかの形で、知らせてくれたら嬉しいな。
 
 
 
そして、最後に約束した83回目の握手を必ずどこかで。