母が脳出血 右半身麻痺で倒れたのが、今から二年七カ月前。母が倒れた、その約8ヶ月後に、父の十二指腸がんが発覚した。今から二年前。

  父は、入院していた母に心配をかけまいと、がんとは言わずに母と別の病院に入院、手術した。

   その時点で、手術に成功したとしても、5年生存率は、15%と言われた  大きながんセンターに入院したが、十二指腸がんの事例はほとんどなく、医師も初めての手術だった それほど、十二指腸がんは珍しいところに発症したがんだった。十二指腸はすべて摘出、胃の一部と周りのリンパも摘出。手術は、三時間程度で終了。この時点では、転移なし。約一ヶ月半後に退院。

  退院後、再び発症しないように、抗がん剤治療も開始した。通院で、三週間に一度点滴の抗がん剤をうち、その後飲み薬の抗がん剤を毎日飲むという治療を普通の生活をしながら生活した。

   母は、入院リハビリの生活から、介護施設に移った。退院した父は、自分の体よりも歩けなくなった、話せなくなった母を思い、毎日毎日施設に通った。

   そうやって、がんと戦いながら、母の右麻痺と失語症改善のためにがんばっていた。この二年間。

   先月、10月11日に入院。この時まで、母にはがんと伝えていなかった。隠し続けた2年。

  入院してわずか一ヶ月とちょっと、今週の月曜日、緩和ケア病棟に移った。父の命は、あとどれくらいあるのだろう。

  今週も母を連れて、父に会いに行こうと思う。福島の施設にショートステイしている母。宮城のがんセンターに入院している父。離れて岩手に暮らしている私。離れている分、辛い。遠いことがつらい。