マラソンが終わってから飲んだくれたり東京に行ったりしてたら
あっという間に誕生日前日がやってきた
何か、急に実感が湧いてきて、無駄にドキドキしてきた
例年12月が誕生日のため、何となく私の1年の区切りは誕生日の前後、になるわけだけど
思い返してみると、あーあれも今年かーもっと昔だと思ってた、みたいなことがよくあって
それだけ充実した毎日だったんだと思う
去年の記事 に書いた通り
25歳で耕した自分という土地に、「種まき」そして「育てる」1年にしようと決めていた
だから、いつも以上に色んなことに挑戦した
その全てを通して、本当にたくさんの素晴らしい人と出会った
おばあちゃんになっても続けていたい趣味とも出会えた
たくさんの出会いに彩られた1年
色んな人、出来事から多くを学んだけど
一番大きな学びは、「大きな流れに身を任せること」の大切さを知れたことだと思う
自分の力だけで、と、そんなことばっかりにこだわっていた
それは今まで自分の力だけで勝ち取ってきたものがなかったから
だからこそ、無理に執着していた
でも、そんなことは、起こりえない
本当に自分がするべきことは、大きな流れによってもたらされ
自分が少しでも望むのであればその流れにゆったり身を任せてみればいい
そんな感覚は生きてきて初めてだった
もちろんよかったことばっかりじゃない
達成できてない目標もある
でも、それはそれでいいじゃん
何も年齢という区切りにこだわる必要はない
仕事も去年よりたくさんしたし、より一生懸命向き合った
色んなことが重なり、つらい時期もあった
でも乗り越えた今は、あの時期があったから今がある
結局恋愛もうまくいかなかった
でも、自分の短所と向き合えた
あの出会いがなければマラソンを走る覚悟を決め、今の結論に至ることもなかったかと思うと
出会えてよかったなとも思う
1月に博多大吉さんの「年齢学序説」という本を読んで
成功している人は必ず26歳で転機を迎えている、という大吉さんの仮説を知ってから
何が何でも、人生の転機となる1年にしてやる!と思って毎日生活してきた
今こうして26歳最後の日を迎えて思うことは
間違いなく、そんな1年になった、ということ
いや、正しくは、今年もそんな1年になった、かもしれない
25歳の去年も、大きな転機だったように思う
25歳になったときは、まさかそんな1年になろうとは想像もしいていなかったけど
それから色々考え、25~27歳の3年間を「自分変革3か年」と位置付け
未来を生きていくうえで、強力な人間の基礎づくりをしよう、と決めた
その2年目にあたる26歳
25歳の時とは違い、ある程度どんな1年にするかイメージし
1年のテーマや具体的な目標を明文化した
結論から言うと、あんまりイメージ通りじゃない!!!笑
26歳のうちにやりたかったことのうち出来ていないことはたくさんある
でもそれ以上にいい経験が出来たと思う!(それの真骨頂が神戸マラソン!)
人生いつ何が起こるかわからない
だから、今日が最後の日のように生きよう
もちろん全部思いどおりになんていくわけないけど
今年は26歳のテーマを初日に決めていたから
後半になって、どんどん帳尻が合ってきたように思う
まるで未来予想図のように、どんどん叶えられていく、そんな感覚
だから、目標をたてることは、行動が大きくぶれないから大切だなと実感している
さぁ、明日から始まる27歳の日々
間違いなく、今まで生きてきた中で最もエキサイティングでしんどい、でも刺激的な1年になるだろう
テーマ、具体的な目標は次のエントリーで
26歳、ありがとう!
本当に楽しかった!!