自らに課す夏休みの課題図書のため、書店で六冊の本を買いました。今回はまずそのうちの三冊をご紹介します。

イ)「歴史の予兆を読む」池上彰・保阪正康著、2022年朝日新書

ロ)「令和の国防」岩田・武居・尾上・兼原著、2021年新潮新書

ハ)「台湾有事」 岩田・武居・尾上・兼原著、2022年新潮新書



イ)池上彰・保阪正康著「歴史の予兆を読む 新・帝国主義の時代に」の表紙や裏表紙などの表記を読んでみますと、次のように書かれています。

 

□ロシアのウクライナ侵攻 世界大戦は避けられるか

□周辺国の脅威、貧困化、災害 日本の運命は?

□「まさか」を予見する知の巨人の究極討論!

□ロシアのウクライナ侵攻を見るにつけ、「新たな帝国主義の時代」が来ようとしているという思いを強くしています。それは植民地を締め上げるといったタイプの古い帝国主義ではありません。21世紀の予兆を感じさせます。(池上)

□私は再確認しました。人類の遺伝子に戦争が持つ残虐さは刷り込まれていないと。一方で、それゆえに記録や記憶、知恵の継承の持続が重大だという確信が生まれました。

― 第三次世界大戦も戦争を止める遺伝子が人間に組み込まれない限り、起こり得るでしょう。(保阪)

□(各章の目次)

 序 章 ウクライナの運命

 第1章 日本の常識、非常識

 第2章 時代転換の「芽」

 第3章 格差という「原動力」

 第4章 地球が悲鳴を上げている!

 第5章 リーダーの器

 第6章 自分の手で社会を変えられるか?

□(表表紙のそで)

ウクライナ侵攻から第三次大戦への道は避けられるか。日本が侵略された際に考えうる「3つのシナリオ」とは。

人類の悲劇と英知がすべて集約された「昭和」からいま何が学べるか ―。あとから思えばこうだった、は誰でもできる。

二大ジャーナリストはあえて「難題」に挑んだ。戦争、米欧中露の動き、新しい帝国主義、貧困と格差拡大、気候変動、社会変革の新しい芽、日本人の思考の陥穽……

失敗を繰り返さないために、歴史の予兆からつかむヒントをさぐった。

□(著者の紹介)

   池上 彰 いけがみ・あきら

1950年、長野県生まれ。73年にNHK入局。報道記者、キャスターとして活躍。2005年に独立し、文筆活動、テレビ出演のほか多くの大学で教鞭をとる。『池上彰のお金の学校』『いまこそ「社会主義」』(共著)『激動 日本左翼史』(共著)など著書多数。

 保阪正康 ほさか・まさやす

1939年、北海道生まれ。ノンフィクション作家。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。4千人に及ぶ肉声を記録してきた。第52回菊池寛賞受賞。『昭和陸軍の研究』『田中角栄と安倍晋三』『陰謀の日本近現代史』『太平洋戦争への道1931-1941』(共著)など著書多数。

□池上彰氏はこの本の「はじめに ― 歴史の分岐点に立って」で、次のように書いています。

・・・私たちは、いまどこにいるのか。どこに向かおうとしているのか。それを知るためには、どうしたらいいか。そのためには過去を知り、現代と照合すること。それによって、「歴史の予兆」を摑むことができるのではないか。

 そう考えると、昭和の歴史を詳細に調べ、戦争に関与した多くの関係者から聞き取り調査をしてきた保阪正康さんに話を聞くのが一番だ。こう考えて。コロナ禍で対面が叶わぬままリモートでの対談を重ねてきました。(*中略)

 ところが、その最中にロシアによるウクライナ侵攻が起きてしまいました。急遽、予定を変更して、ウクライナ侵攻をテーマに付け加えました。ロシア軍の無謀で粗暴むき出しの暴力の行使には、言葉もありません。これは、まるで20世紀前半のような戦争です。それに対し、ウクライナ軍の戦いは、まさに21世紀のものです。(*中略)

 それにしても、私たちは、ロシアのプーチン大統領の言動から、「戦争の予兆」を把握することができたのでしょうか。そう考えると、「歴史の予兆」を知ることの困難さを痛感します。渦中にいる時は「予兆」が摑めないのです。でも、過去の失敗を繰り返さないようにするためには、少しでも早く予兆を知らなくてはなりません。(*後略)・・・(同上書3~4頁)

 

 この本の詳しい内容は、ぜひ皆さんも入手してお読み戴きたいと存じます。そもそも本ブログは、かつて大学生協の調査で多数の大学生が一ヶ月に一冊の本さえ読まなくなったという記事を読んで衝撃を受け、確かにインターネット・電子データ・S N Sの時代ではありますが、少なくとも大学というわが国での最高学府で学ぶ知識人候補生が、紙の本をあまり読まないということでは、これからの日本の将来に影を落とすと深く憂慮し、少しでも大学生の皆さんが書物に興味を持ち、読書の習慣につながるようにとの老年者の願いから始めたものです。

 本というものは、最初の壁を突破すれば、読むのも早くなり、楽に読めるようになり、そして知的な楽しみをもたらしてくれる人類の叡智の財産なのです。これを知らない人生なんて、本当にもったいない生き方です。そして水泳などスポーツでもなんでもそうですが、最初は苦しくてつまらなくて、とても最後まで読めないと思っても、とにかくまずは一定の「量を読むこと」が肝心なのです。そうしているうちに、ある日突然、スッと読めるようになる瞬間がくるのです。そこまでは歯を食いしばってでも書物に齧り付いてとにかく読み進めて戴きたいと思います。信じてください。きっと「読書の壁」は突破できますから。

 文字を読むこと、文章を読むことに「慣れる」ことが、本を読むことに繋がります。ですから、本ブログは「ある程度の文字の量」に慣れて戴くために、敢えて「文字だらけの長文」のスタイルにしています。これもまた「文字を読む、文字に慣れる訓練」でもあると思ってください。もとよりアクセス数が伸びないのは覚悟の上です。しかし、短い「スカスカ」の文章では、この意味では役に立たないのです。

 

 さて、あとの二冊も同様に本の表紙・裏表紙・帯などを読んでみましょう。

ロ)「自衛隊最高幹部が語る 令和の国防」

□(帯の表)

陸海空「平成の名将」が集結!さらば空想的平和主義!中国はこうして抑えよ。

□(帯の裏)

共産党政権が崩壊しない限り、中国は「現状変更」を続ける

日本は台湾に軍事協力せよ

台湾有事と尖閣有事は同時にやってくる

有事に韓国を当てにしてはいけない

北朝鮮の核ミサイルは「目前の脅威」

中距離ミサイル配備と核オプションを検討せよ

「儲からない防衛産業」をどう立て直すか

自衛隊全部隊を指揮する「統合司令官ポスト」を作れ

日本の安全保障に対する10の提言

□(表表紙のそで)

   令和日本の最も重要な戦略的課題は、力による現状変更に躊躇しなくなった中国の封じ込めである。台湾有事は現実の懸念であり、その際には本当に国土・国民を守り切れるのか。日米同盟は機能するのか。そして国民に「有事への備え」はあるのか。陸海空の自衛隊から「平成の名将」が集結、「軍人の常識」で語り尽くした「今そこにある危機」。

□(著者の紹介)

 岩田清文 いわた きよふみ

1957年生まれ。元陸将、陸上幕僚長。

 武居智久 たけい ともひさ

1957年生まれ。元海将、海上幕僚長。

 尾上定正 おうえ さだまさ

1959年生まれ。元空将、航空自衛隊補給本部長。(*その後ハーバード大学アジアセンター上級フェロー)

 兼原信克 かねはら のぶかつ

1959年生まれ。元内閣官房副長官補・元国家安全保障局次長

□(各章の目次)

 はじめに 

 第1章 日本の戦略環境

 第2章 台湾危機への対応

 第3章 朝鮮半島

 第4章 アジアにおける核抑止戦略

 第5章 科学技術政策と軍事研究

 第6章 日本の安全保障はどうあるべきか

 日本の安全保障に対する10の提言

□この本の元になった座談会で司会者を務めた兼原信克氏は、同書によれば、東京大学法学部を卒業後、1981年に外務省に入省、フランス国立行政学院(ENA)で研修の後、ブリュッセル・ニューヨーク・ワシントン・ソウルなどで在外勤務し、2012年外務省国際法局長から内閣官房を経て現職に転じた元外交官です。その兼原氏による「はじめに」は、次のように書かれています。(*裕鴻註記)

・・・今日の若い政治家に、あるいは若い日本人に、世界最高水準にあるわが自衛隊最高幹部の考えを聞いてほしい。また、日本を代表する一流の軍人(*ママ)の意見が、外交、政治、経済を担う第一線の人々の意見と常日頃から混ざり合って、日本政治の「一般常識」になって欲しい。(*中略)

 私たちの世代は、最高学府である大学で、軍事や戦略を習わなかった。現代史も習わなかった。偏った知識しか与えられなかった。令和を担う若い人々には、現実主義に立った、国際的に通用する戦略観を持ってほしい。軍事的な常識も持ってほしい。堂々と胸を張って国際社会でリーダーシップを取れる人間になってほしい。日本国に奉職し40年近くの日々を経た今、心からそう思っている。(*後略)・・・(同上書7頁)

 日頃、本ブログ記事にて筆者が書いていることに通じる内容です。ぜひ皆さんも同書を手に取ってみてください。

 

ハ)「自衛隊最高幹部が語る 台湾有事」(上記ロ)と同じ四名の共著)

□(帯の表)

ウクライナの次は台湾か。その時、日本はどうする?「有事の形」をシミュレーション。

□(表表紙のそで)

   現実味を増す台湾有事に備え、自衛隊の元最高幹部たちが「有りうるかも知れない有事の形」をシミュレーションしてみた。シナリオは、グレーゾーン(*有事とも平時とも言えない状態)での戦いの継続、物理的な台湾の封鎖、全面的軍事侵攻、終戦工作の4本。

 実際に有事が発生したら政府は、自衛隊は、そして国民は、どのような決断を迫られるのか。リアルなストーリーを通じて、「戦争に直面する日本」の課題をあぶり出す。

□(各章の目次)

 まえがき 

 第一部 台湾有事シミュレーション

  序  想定する背景

シナリオ① グレーゾーンの継続

                  第3次台湾海峡危機

                          (1995-96年型)

シナリオ② 検疫と隔離による台湾の孤立化

                      ベルリン危機(1961年)型

シナリオ③ 中国による台湾への

                  全面的軍事侵攻

シナリオ④ 危機の終結

 第二部 座談会―台湾有事の備えに、

                            必要なものはなにか

  第1章 台湾の価値を正しく認識せよ

  第2章 国家戦略上の弱点

  第3章 自衛隊は準備できているか

  第4章 戦時における邦人輸送と

                                    多国間協力

□この本の元になった「台湾有事シミュレーション」は、当時テレビなどでも報道されましたが、2021年8月に実施されました。その一年後である今日、まさにわたくしたちの目の前で、このシミュレーションを彷彿とさせる中国人民解放軍による台湾侵攻の軍事演習が行われています。同書の武居智久元海幕長による「まえがき」には次のように書かれています。

・・・いかなる形にせよ、台湾海峡の平和が損なわれる事態は必ず我が国に波及する。

 台湾と与那国島との距離は約110km。時速900kmで飛行する戦闘機で約7分間の近さにある。中国の短距離および準中距離弾道ミサイル約1600発は南西諸島全域を射程に収め、台湾海峡危機が武力衝突にエスカレートした場合には、我が国の上空をミサイルや戦闘機が飛び交う可能性を否定できない。また、中国が台湾を外部から物理的に隔離しようとすれば、与那国島や尖閣諸島の領海にも中国海軍艦艇が遊弋するであろう。(*中略)

 台湾海峡はバシー海峡とともに、南シナ海を利用する日本関係船舶の主要な海上交通路となっている。台湾有事に二つの海峡が通航不能となれば、これらの船舶は南シナ海を避けてセレベス海からフィリピン海へと大きく迂回せざるをえない。また、危機が武力衝突にエスカレートし、米国が台湾防衛に乗り出せば、西太平洋全域が交戦区域となって、我が国を出入する全ての船舶が中国の各種ミサイルの脅威に晒されることになる。

 台湾海峡危機は、日本の経済活動に甚大な影響を及ぼす。台湾から半導体の供給が止まれば世界経済が麻痺する。我が国がアメリカ(台湾)側に立てば、中国に進出している約1万3600社の日系企業と約11万人の邦人はハラスメントの対象となるであろう。そのような事態が生起したとき、我が国の防衛、経済、国民生活にいかなる影響が及ぶのか。その影響を最小限に抑えるためには平素からどのような備えが必要か。コアメンバーの関心はそこにあった。(*後略)・・・(同上書5~6頁)

 

 ご留意戴きたいことは、これらの元陸将・元海将・元空将は、もう現役を引退された自衛隊O Bの方々であり、ここに書かれていることが、現在の防衛省なり現役の自衛隊のトップの主張ではないことです。あくまでもO Bとしてのご発言や活動ですので、その点の誤解はないようにしなければなりません。

 わたくしは元海幕長を何名か存じ上げており、そのお考えを聞く機会もあるのですが、上記の本に書かれている内容に重なるご意見もあれば、部分的にはそうでないご意見もあるように思います。ですから、これが全自衛隊のトップの考え方の全てであるわけではないと思います。しかし、いずれにせよ時宣に適った、そして正鵠を得た「警鐘」として、これらの書の内容は受け止める必要があります。

   このウクライナ侵略戦争と台湾での中国人民解放軍の軍事演習という、私たちの目の前の「今そこにある危機」において、日本の一般大学生や社会人は、あまりにも「軍事に疎い」ことは否めません。中国やロシア、北朝鮮の国民はもとより、欧米諸国やその他の諸外国の知識人層は、もっとリアルな軍事観や軍事知識を持っていますし、徴兵制ならずとも各国軍隊での勤務経験を持つ人々も多くいます。

   わたくしが近年仕事で付き合ったギリシア人の青年実業家も、ギリシア海軍で潜水士として数年間勤務した経験がありました。その意味では、私も船乗りとして今までに三十数カ国に寄港して上陸した経験がありますが、日本人は世界の中では、あまりにも軍事的な基礎知識に欠けているように思います。そのことを上記の東大卒の兼原氏も指摘されているのです。

 戦争に反対するから、軍事のことは何も知らなくていいというのは、完全に間違っています。もしも本当に戦争にならないためにはどうしたら良いのかを知るためには、ぜひとも基礎的な軍事知識や軍事的な国際関係の構造的理解が必要なのです。そうしないと、数学の基礎を知らずに物理法則を語るような状態になってしまいます。

   また、共産党や左翼の皆さんはよくご存知の通り、レーニンもスターリンも毛沢東も、軍事を極めて重視し、軍事戦略にも通じていました。西側でもフランクリン・ルーズベルト大統領は長年海軍次官を勤めて、軍事に精通していましたし、チャーチル首相は元々サンドハースト陸軍士官学校出身の陸軍将校で、南アフリカでの戦争にも従軍しており、政界に入ってからも海軍大臣を務めるなど、軍事の専門家としての一面も持っていたのです。

   ですから、彼らがいわゆる文民政治家(シビリアン)となって、軍事を指揮できるのです。これが「シビリアン・コントロール」の本来の意味であって、一時期の日本のように文官の事務官が、制服組の自衛官を指揮統制するなどという意味は毛頭ないのです。

   一般大学の学生の皆さんも、基礎的な素養として、是非とも軍事の勉強をしてください。その知識をどのように使用し応用するかは、各人の価値観の問題ですが、少なくとも数学の基礎を知らずして物理学は研究できないように、軍事の基礎を知らずして国際関係は学べないのです。みすず書房の「夜と霧」の編集者が言うように「知ることは超えることである」のです。

 

   日本はこれから防衛費を増額することになるでしょう。それは現在の地政学的な国際関係状況からすれば、必要な措置です。しかし、ただ予算さえ増額すれば良いというわけでは決してありません。そのことは「良識ある自衛官幹部」も同じお考えです。やはり真に必要で有効な分野に、その予算の増額分を投入しなければならないのです。

   海軍史で言えば、最後の海軍大将、井上成美提督は、開戦前の軍令部との「第五次軍備充実計画案」の会議で、「戦争になったら、どんないくさをすることになるのか、何で勝つのか、何がどれほど必要なのか、その計画がない。日本のような国は特徴あり、創意豊かな軍備を持つべきだ。自主性もない、特異性もない。こんな杜撰な計画に膨大な国費を費やし得るほど日本は金持ちではない。」と言っていますが、これはそっくりそのまま、現代日本の防衛政策にも適合すると思います。

 この井上成美提督が航空本部長として、昭和16年1月末時点で及川古志郎海軍大臣に提出した「新軍備計画論」には、これからの戦争は日露戦争の様な戦艦を中心とする海面上の二次元の戦いではなく、空中と海中を主体とした三次元の戦いとなるから、航空機と潜水艦こそが重要となると指摘されていました。この発想を援用すれば、現代の海軍の戦いは、今や海や空だけではなく、宇宙空間、サイバー空間、そして電磁波の世界にまで拡大しているのです。

 わたくしが仄聞する限り、ある海自提督O Bによれば、まずやらなければならないのは「宇宙・サイバー・電磁波」分野で、特に同盟国との「情報の共有」が重要とのことです。そして「人員不足の問題」や、何より「継戦能力の問題」が重要であり、予算をかけるなら、まずはそうした「人と訓練」や「弾薬や燃料なども含めたロジスティックス」など、優先度の高いものを充実させたり、地道な現実的問題を解決する方向に使うべきだとおっしゃっていました。

 そして中国の言う「第二列島線」を越えて、広大な太平洋のブルー・オーシャンで活動する中国海軍やロシア海軍の原子力潜水艦を、しっかり監視・警戒するためには、やはり原子力潜水艦も必要となってくるのではないかという意見もあります。また小型潜水艦ながらも北朝鮮が核ミサイルを搭載した潜水艦を実戦配備した場合に、長期間に亙って切れ目なくこれに対応するためにも、従来型の潜水艦だけでは厳しいのではないかとも思われます。それこそ井上提督も「新軍備計画論」で、潜水艦の重要性を指摘されていましたが、それは時代を超えて今日でも全く変わっていません。

 また、わたくしのいた民間のフネでも人員不足は大きな課題になっていますが、海上部隊だけに限らず、人員問題は氷山の一角で、自衛隊の実任務が飛躍的に増大している中での教育訓練体制の問題もあるし、人員確保にまつわる様々な待遇や家族の問題、携帯電話など若者の生活様式に見合った職住の環境整備、コロナだけではありませんが生物兵器にも対応できる医療体制の拡充など、自衛隊の基幹要員を長期に安定して確保してゆくための課題は、数多くあるのです。表面的な艦艇や航空機などの数だけではなく、そうした戦力をしっかりと維持し活用できるだけの要員を育成し、維持するための予算は欠かせません。

   私の祖父は空母赤城乗組の初代搭乗員の一人で、山本五十六艦長のもとで一三式艦攻のパイロットだったのですが、母艦搭乗員の技量維持のための、連日続く「たゆまぬ飛行訓練」は大変です。最近は「いずも」や「かが」の空母化が話題になっていますが、母艦パイロットのみならず、艦上整備の問題や航空管制の問題など、一口に空母と言っても、本格的に空母として作戦行動ができる様にするには、一筋縄ではいかない多種多様の準備と整備が必要です。

   私も母艦搭乗員の孫としては、いつかは本格的空母の復活を願う気持ちは胸底にありますが、本格的に空母を整備・運用するとしても、時間的にはものになるまでに、おそらく十年以上はかかります。ちょっと海上のプラットフォームに降りて、給油だけしてまた飛び上がるというような素人的発想のレベルでは、とても現実の実任務はできないと思います。

   もし本当に空母をやるのならば、本格的な艦体の建造や機体の確保のみならず、きちんと海上自衛官出身の戦闘機パイロット、艦内整備士、飛行長以下管制官などの、海自自身での組織、要員、教育訓練体制を整えて、本格的にやらなければ、とても実任務はこなせません。海自も固定翼機の航空部隊を持っているのですから、どうしてもやるとなれば正攻法でやるべきです。しかしそのためには膨大な予算が必要となります。

   それよりも、もっと優先的にやらねばならないことがあるとすれば、井上成美提督の「戦争になったら、どんないくさをすることになるのか、何で勝つのか、何がどれほど必要なのか、その計画がない。日本のような国は特徴あり、創意豊かな軍備を持つべきだ。」という言葉に従えば、現代の海軍力というものは、その新しい次元としての「宇宙・サイバー・電磁波」を包含した統合的な戦力として発揮されるべきものだと思われ、そのための先行的投資は絶対的に重要です。

   そもそも現状でも、海上自衛隊だからといってフネばかりにこだわっているわけでは決してありません。イージス艦の迎撃ミサイルだっていわば「宇宙での戦い」をすでにやっていますし、「サイバー能力」がなければ何も動きません。井上成美提督や、それ以前に堀悌吉提督も言っていた、日本としての「特徴のある軍備」というものは時代に関係なく、現代でも通用する考え方なのです。

 市井一般の大学生や社会人の皆さんも、わが国の防衛や軍備をもっと真剣に考究され、貴重な国家予算が真に現場が必要としている分野にきちんと届くように、与野党を問わず政治家を鞭撻するためにも、まずは軍事に関する認識や知識を深め、かつ広げて戴きたいと心より願っています。