猫のまつげに木星 -3ページ目
「なにをしているの?」
「宇宙のそれほどしんぽしていない世界に、テレパシーでメッセージを送っているんだよ。
でも、頭だけで知覚するのはむずかしいね。いっしょに心もともなわないと」
「それは、前に話してくれたけど、どういう内容のメッセージなの?」
「頭でなにかを考えるのはやめて、胸に注意するようにしてごらん。
そうすればたぶん、感じ取ることがでるきよ。発信地のすぐ近くだらかね。
……あ、そうじゃないよ。もっとからだをずっとリラックスとせて、目を閉じて、注意深くしてごらん」
彼に言われるとおりにした。さいしょは、このあたりに近づいたときから感じていた、特別な感動に近い感覚以外にはなにも感じなかった。
でも、そのあとで、なにか理想的な感覚がぼくの中に入り込んできた。

"すべて、愛にもとづいてないものは、
こわされて……
時とともに、忘れ去られ
捨てられていく……。"

一瞬のとても気高い明るさのようなものが、ぼくの内部にわきあがってきた。
そのあとで、ぼくの頭に、つぎのような感情の言葉がおかれた。
れはなんだかとてもふしぎではあったが、どうじにとても美しかった。

"愛に基づいている、すべてのもの……
友情 や 夫婦
家族 や 組合
政府 や 国家
個人のたましい 人類のたましい
これらは、みな、
堅固で確実で、
繁栄し、実を結び
こわれることを知らない……"

"これが、わたしの掟だ。
……これが、わたしの約束であり、
わたしの法だ……"


「アミ、きみの宗教は?」
「ないね。いや、あると言えばあるかな。よくわからないけど……宇宙の宗教……
すべての進歩した宇宙の宗教とは、愛をもっててきることにある。
だって愛は神だからね……それ以外、まったく信仰のシステムなどもっていない」
「ひとつをのぞいてね」

「ひとつって、なに?ベドゥリート」
「うん、愛が、基本的な宇宙の法だってこと」
「ベドゥリート、宇宙の基本法は信仰じゃなくて法なんだよ。
科学的にも精神的にも立証されていることなんだよ。
われわれにとって、科学と精神性(霊性)はおなじことなんだよ。
やがて地球でも科学が愛を発見したときには、おなじようになるよ」
「ぼくは、また、なにか……別の……」
「迷信とでも思ったの?」
アミが笑って聞いた。




「もしだれかが川でおぼれていたとする。きみはその川岸でただ神にお祈りをしているだけで
その人に対してなにもしないとする。それで神がきみに対してまんぞくすると思う?」
「よくわからない…でも…ぼくのお祈りが神をよろこばせるんじゃない…」

「別の例を出してみよう。きみにふたりの子どもがいたとする。ひとりは川でおぼれかかってる。
別の子はきみの肖像をおがむことに専念して、自分の兄弟をたすけようともしない。
この行為が正しいと思う?」
「とんでもない!!ぼくの子をたすけてくれたほうが何百倍もいいにきまっているよ。
でも…神は、ぼくみたいなふつうの人間とはちがうんじゃないの?」

「ちがう?でも、どうして?
虚栄心が強くて、利害にさとく、いつも人々から崇拝されていることばかり望んで
自分の子どもたちの運・不運にまったく無関心のような?
…かんぺきでないきみでも、そんなふうにはしないだろう。
ましてやかんぺきなである神が、きみより劣るようなことをするだろうか?

神は"おぼれかかっている世界"に対してまったく役立たずの無関心で
ただただ妄想的な"自己救済"や、個人の"かんぺきさ"や"進歩"だけのみ関心のある信心顔をしたひとよりも
信仰者でなくても、兄弟に対していつも心をさいているひとのほうを好むんだよ
だって、神は愛だからね。
愛を感じ、体験することが、神を感じ体験することなんだよ。ひとを愛せるひとが
ただひとの役に立つことを望むんだよ」