4月の突然の解雇から、晴れて無職となった夫は、神職を目指す道を決意しました。

しかし、将来的に‟私の実家の神社の職員として奉務することが可能”というだけで、今はまだ宮司である父と権禰宜の姉の2人体制で十分なのです。

それに、神職になる為の階位検定講習を受講すれば、直ぐにどこかの神職として奉務出来るかどうかも定かではありません。
 

第一、階位検定を講習受講するには、書類審査や人数制限も設けられている為‟受講出来るかどうかも分からない”という状態です。

勤務先の解雇直後に、住宅ローンの引き落としも始まったばかりなのに、この先どうなるのか分からない無職の状態に‟不安”の2文字が、夫に重くのしかかっていましたショック汗

 

夫「はぁ~ショボーン汗オレ、無職のニートと同じや、、、なんかバイトでもしよかな、、」

 

と、度々ぼやいておりましたので、

 

私「ため息ついたらあかんよっねー バイトもせんでいいし、せっかく頂いた時間を有意義に使う方がいいと思うよ。 講習会は体力要るみたいやし、ウォーキングとか、ジム通うとかも良いかもよ上差し

 

バイトしてお金を少しでも稼ぐことも、もちろん有意義なのかも知れませんが、家計がそこまでひっ迫している訳でもありませんでしたし、夫のため息を減らす方が、この先良い運が巡ってくる気が致します。


私は普段、家にいる間は、パソコンで画像編集を行ったりして仕事をしているのですが、

何もすることが無くなった夫が、昼間からゴロゴロしている事は無かったです。

神道や、階位検定の事など、何かしら調べものをしていました。

そして、市民プールへ体力づくりの為のプール通いを始め、古事記や神道にまつわる本などで勉強し、以前かじった美文字の練習も再開しました。

 

(私が遠方へ撮影の仕事に出かける時は、運転手としてついて来てくれたりもして助かりました。)


私が、あまり無理しないようにというと、


夫「何かしてないと不安やねん…汗 オレは社家の子でもないし、古事記も正直よぉ知らん、、階位検定には神社の跡継ぎとかが来るみたいやし、ちょっとでも勉強しとかんと…ニコあせる

 

ああ、本当に真っ直ぐで真面目な人柄なのです。

私は、そんな夫の不安を少しでも和らげてあげたいと思いました。

私「神社にさぁ、御神木の夫婦杉とか、夫婦楠とか、樹齢何百年って大きな木あるやん? 」

 

夫「うん、2本の大木が根元で繋がってる大木か?」




 

私「あの御神木はさぁ、片方に元気がない時は、もう片方が頑張るのが当然の事として、何百年もの長い間支え合って生きてはるんやで上差し 私達も夫婦やからそれが当たり前やと思ってるキラキラ夫くんが今大変な時やけど、側に私が居てるやんにやり わ、頼りないと思ってるかもしれんけどあせるこう見えて結構稼いでるんやで筋肉気づき

 

(私達夫婦の財布は別々で、生活費などは同額を毎月共通の口座に入れて折半して使っています。)

 

私は、夫に私の年収と貯金額を見せて、暫らくはなんとか大丈夫と諭しました。

決して自慢できるような額ではありませんが、男の人には、比喩的な表現だけでなく、現実的な数値も安心材料になると思ったのです。

 

私「私がこうしてなんとか稼げるようになったのも、夫くんが居てくれたからこそやし、今のこの家だって夫くんが当時の貯金から現金一括で買ってくれたやん! お陰で月々の家賃やローンもなくて貯金も出来たんやで上差し この家の土地も売れば新居の住宅ローンに充てられるし、私、夫くんには凄い凄い感謝してるねんニコキラキラ だから、遠慮なく今は好きなことして過ごしてほしいなぁねー

 

夫「そうかぁ、、オレ、なんもしてへんて、、、汗 うん、でもありがとう、暫らく甘えさせてもらおか爆笑汗

夫が神職になる事は、夫の目標で有ると同時に、私の夢にもなりました。

今、私が出来る事は、夫を励まし勇気づけて、精神面でも経済面でも支える事です。

 

それが、今の私には、きっと‟出来る”のです。

 

 

image

 

 

若い頃には気付けなかった物の価値や、何が大事で何を優先するべきかも当時よりずっとクリアに見えています。


もしここで、私も一緒に不安になって落ち込んでしまう選択をしたなら、きっと、先が見えないとイライラして夫にあたったり、喧嘩が絶えなくなって、恐らくは不幸な未来が待っています。

 

私がどのような気持ちで、どのように行動するかが、今の私に問われている神様からの宿題なのだと感じています。

その宿題の答えを解くヒントは、これまでの50年の人生の辛い出来事や楽しい出来事の数々の経験の中に、ちゃんと頂いているのです。

 

私の仕事はフリーランスで収入は確かに不安定ですが、有難い事に6月は特に仕事の依頼が特に多くありました。
その仕事一つ一つに謙虚な気持ちで臨む事、そして感謝の気持ちを忘れずに居る事が、巡り巡って商売繁盛に繋がるのだと実感しています。


‟皆が健康で幸せでありますように”

と、普段は身近な人々を思い、そのように神社や神棚に手を合わせ祈るのですが、
 

‟夫が、神職の資格を取れますように”

‟私がちゃんと夫を支えられるよう、お仕事を沢山下さい”


欲張りですかね、、、ぶー汗

この頃から私は、母の癌封じの祈願に加えて、沢山の祈願をするようになりました。

 

 

私がいつも、誰かのために祈るのは、それがちゃんと届くと信じているからです。

 

 


この頃、母の抗がん剤投与から約3か月経ち、母は咳も出なくなりました。

背中が痛いと言っていましたが、その痛みも全く無くなったのだそうです。
毛量の多い髪もそのままで、活き活きとしています。

また、料理好きの母の、大皿に大盛りの天ぷらや唐揚げなどの豪快な母の手料理も、久々に堪能出来ましたし、綺麗な色の服でオシャレして外出するなど、精神的にも本来の前向きさを取り戻し、着実に良くなっている様子です。

 

何も、‟私が祈ったから通じた”という傲慢な気持ちは無いのですが、家族皆の祈りが、何より‟母の生きる力”に届いたのだと思います。
 

 

 

7月は、夫の気分転換の旅行を兼ねて、伊勢神宮に参拝に行くことにしよう神社キラキラ



 

 

 

 

続きます




ブログをお休みしていた間の、去年の10月からの出来事を時系列で綴っています↓

 

 

 

前回の投稿では、母の肺癌や夫の解雇といった、一見すると‟不幸”と思われる事も、あらがえない神様の‟御意志”と思える、と締めくくっております。


恐らく、‟ちょっと何を言っているのかわからない”と思われる方が大半だと思いますが、私のブログを熱心にご購読頂いている奇特な方々の中には、もしかすると私の伝えようとしている事を分かっていただける方もいらっしゃるかも知れません。

 

また、死生観や宗教観についての表現も多用しており、不快に感じる方もいらっしゃるかも知れませんが、あくまでも個人的なブログの、私的な日記や健忘禄としてお付き合い頂けると幸いです。

 

 

 


 

 

思えば、2年前に富士山の不思議な夢を見た頃から、神様の‟御意志”が働いていたのかも知れません。

 

就寝直後の寝入りばな、起きている感覚が残っている時に見たそれは、‟夢”と呼べるか分からないほどのもので、一瞬の映像が脳内に閃くように映し出されたという方が近いかも知れません。

 

 


この印象的な富士山の夢に私は大きなエネルギーを感じ、このブログにも書き留めていました。
 

その夢を見た2日後、今建設中の新居の土地の権利証を父から譲り受けたのですが、その表紙の写真が偶然、富士山だったのです。

 


 

それは、桜と富士山の写真で、噴火のイメージとは全く異なりますが、私はこの偶然の一致に、私達夫婦が、神社から近いこの土地に住むことは、開運に繋がる事であり、神様の‟御意志”なのかも知れないと感じました。

実家の近くに戻る事を決める少し前から、将来的に神社を継ぐ姉夫婦を支え、従姉夫婦とも協力し合って、後世にこの神社を残して行く事が、私の夢で有り役割であることを確信するようになっていました。

 

そして、土地も、建設に関わる人々も、これまで頂いた御縁を大切に進める事が、私達夫婦にとっても、神社の将来にとってもきっと良い方向に向かうと、そのようなビジョンが私の中で描かれて行きました。

 

その後富士山は、その一年後、再び私の夢に登場しました。

その夢から私は、新居の建設や、その後の生活も問題なく進む事のだと解釈していました。

 

 

富士山という一連のキーワードが共通しているだけなのですが、‟後世にこの神社を残して行く事”の為に必要な導きであり、神様の‟御意志”…

 

私達はその流れに乗っていると確信したのです。

 

 

私は、‟神社を後世に残す” という事は、何も私達一族の為だけとは考えていません。


現在、全国的に神社の運営面で、苦しんでいる神社が沢山あり、跡継ぎも無く廃神社になってしまう所も少なくありません。
 

神社は神羅万象に感謝し、誰かの為に祈る場所です。

感謝と祈りは人々の平和な心を作ります。

一人ひとりの平和な心が、争いの無い、平和な世の中を作ると信じています。

未来の平和な世の中にも、神社という場所は必要なのです。

 

実家の神社は住宅街の小さな神社ですが、その一端を担い、小さな地域からでも小さな平和の種を撒きたいと願っております。

 

 

 

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

 

 

 

 

今、2年前の土地の譲渡から、‟私達夫婦が将来的に神社と姉夫婦を支えたい”という意思が、新居という形になりつつあります。

 

母の肺癌発覚では一族の結束が感じられるようになり、程なくして義兄は早期退職して神職の資格を取る意志を固めました。
 

そして今年4月の夫の突然の解雇・・・

 

これもまた、私は神様の‟御意志”であると確信したのです。

 

氏子地域の人口が、年々増えつつある実家の神社は、将来的に今よりもっと繫栄する可能性を秘めています。

そうならないかも知れませんが、それは、私達一族の行動や決断次第で如何様にもなりうる事です。


繁栄する可能性に向けて私達が協力し合い、動き出すのであれば、その可能性はぐんと大きくなります。
そうなれば忙しくなりますし、その分、人員も必要です。

 

この春、夫は、突然の解雇により、たっぷりと時間を頂きました。

この時間を神様だったら何に使えというでしょうか?

夫とは解雇後、今後の事をじっくり相談し合っていました。

 

私はただ、‟本当にやりたい事を見つけて欲しい”と私は伝えました。
残りの人生、辛いこともあるかも知れませんが、夫には活き活きと過ごして欲しいのです。

 

夫「本当にやりたい事かぁ…何やろうなぁ。特にこれと言ってのめり込めるような趣味も無いしなぁ…ニコ

 

私「でも、神社は好きやん?色んな神社一緒に巡ってる時、夫くん、神職さんの事とかいつも興味深く見てるやん?ねー

 

夫「え??俺が神職??? 俺は神職の仕事はもちろん興味あるけど、、いやいや、〇ちゃん(義兄)が継ぐことになってるし、俺なんかおってもしゃあないし、まず無理無理爆笑

 

 

私「私、ずっと思っててんけど、実家の神社は将来的に参拝者がもっと増えると思うねん、、、いや、、増やさなあかんと思うてる。
そうなったら、〇ちゃん(義兄)と姉ちゃんだけでは、神職足らんようになると思う。

もしかすると、今回の突然の解雇は、〇ちゃん(義兄)と一緒に神職として神社を守るように神様がいうてはるんちゃうかと…上差し

 

 

夫「え~!?そういう事なん??びっくり 定年退職後に考えたらええかなぁって思ってたんやけどニコあせる 俺に出来るかな?」

 

 

私「うん、夫くん真面目やし、綺麗好きやし、まめやし、かなり向いていると思うよグッ

せっかく時間を頂けたんやし、いまでしょ気づきって神さんいうてはるわねー音譜

 

 

夫「それ、林センセがいうてるやつやん爆笑

 

 

私の父の仕事ぶりをいつも褒めていたり、他の神社の宮司さんの所作を興味深く観察していたりして、夫は、いつしか神職に憧れを抱くようになっていました。

でも、義兄への遠慮や、自信の無さからその選択肢に触れないようにしていたのです。

 

夫が当初考えていた、定年後に神職の資格を取るとしたら、約10年後になります。

資格取得の為の体力も落ちますし、私の感覚では、それでは間に合わないのです。
 

やはり、こうして時間を頂けた‟今”だと思うのです。
義兄も受講する、神職の資格を取る為の講習会、階位検定は8月に実施され、今決意して申し込めば間に合うのです。


突然の‟解雇”という、神様もかなり雑な方法でしたが、でも、そうでもしないと夫は自ら会社を辞めて神職の道へ進む選択はしなかったでしょう。

私の口車に乗せられた?とも思えますが、、、夫は神職の道を志す事を決意しましたねー

 

両親や姉夫婦にもその事を話すと、夫が神職の道へ進む事を大変喜んでくれましたニコ

 

社家の子である私達姉妹とその夫が2人して、協力し合い、神社を盛り上げて行くことは、神様はもちろん、神社を守ってきた私の祖父母も、きっと喜んで下さるに違いないと思いました。

夫と義兄の決意に感謝ですお願いキラキラ





その頃、母は抗がん剤、タグリッソの投薬から1か月後と2か月後の検診で、良好な兆しが続けてみられました。

有難い事に、心配された副作用は出ておらず、腫瘍マーカーの数値は相変わらず高かったですが、肺に溜まっていた水が少し減り、肺の空洞部分が少しづつ増えて行きました。


特に無理をしない程度であれば、行動に制限もなく好きな事をどんどんやって下さいと、先生も仰って下さいました。
辛い検査も有りましたが、母に合う治療法をしっかりと見極めて下さったことに感謝致します。

実家に立ち寄ると、母は痩せた身体に合う、春らしい淡いピンクやブルーの洋服を新調していて、嬉しそうに私に見せてくれました。
 

 

 

 

 

続きます
 

 

ブログをお休みしていた間の、去年の10月からの出来事を時系列で綴っています↓

 

 

 



‟君、明日から来んでいいよ”

 

 

そんな風に職場から突然言われたら、貴方ならどうしますか?

 


私の夫は、特殊機械の設計製造の会社に、エンジニアとして勤務して11年が経っていました。
入社した頃からパワハラ気質の社長に嫌気を覚えながらも、その当時既に40半ばだった夫は、‟退職しても次が無い”と思い、パワハラに我慢して勤めておりました。
 

毎朝の朝礼では、何度も聞いた社長の武勇伝や自慢話が1時間ほど続いた上に、残業不可で、仕事がはかどらないと怒鳴り散らし、営業不振や失敗を社員のせいにして反省文を書かせる、、、

‟社員はワシのもとにぶら下がっている”

そんな自らの傲慢な考えを堂々と社員達の前で、得意げに話すこともあるようです。

社長家族と、4人の社員、小人数の会社で、次期社長であるその息子も社員として働いているのですが、社長のやり方に口出し出来ず、社員へのパワハラも見て見ぬ振りを続けているような状態だったと言います。

我慢強く控えめな性格の夫は、パワハラ社長の格好の餌食だったと思いますショック

例え自分の意見を少しでも述べようものなら叩きのめされるのです。

そして、社長の理不尽な言い分に、黙って頷き、言われたことをなんとかこなして来たようですが、それでもいちいちネチネチと言われるようで、、、

関連記事↓



そんな環境の中でも、物を作るのが好きな夫は、仕事内容自体は気に入っていたのと、土日祝休みで残業なしという基本的な休みが取れるところも、これまで勤務出来た理由です。


それと、何人かパワハラで退職して行くのも見送っていましたが、休みの日に呑みに行くような気の合う年下の同僚の友人が居てくれて、モヤモヤを吐き出せる事が出来ていた事も大きかったです。

 

忘れもしない、4月10日の事です。
帰宅した夫の様子が沈んだ様子でしたので、また会社でパワハラ受けたかな?と思い、夕食時にどうしたのと尋ねました。

 

夫は、「今日な、突然社長から、‟きみ、明日から来んでいいよ”って言われてん…」

と力なく呟きました。

 

私は、これまでのパワハラを聞かされていましたし、そんな環境に長くいて欲しくなかったので、本当は早く辞めて欲しかったのです。

 

以前に何度か「会社辞めてもいいよ」と言っておりましたが、夫がどうしたいかがなにより大事ですから、そこまで強くは言って来ませんでした。

 

私は、夫のつぶやきから3秒程唖然としていましたが、すぐさま直感的に"悪い知らせ"

ではないと思いました。

 

「うん、それは良かったほっこり やっと会社から離れられるやん。夫くん、自分から辞めるって選択無かったやろ?」

 

と笑顔で返しました。

 

夫は、「でもなぁ、会社辞めさせる時って、何か月前とか、せめて数日前とかに言うのが普通やろ? 明日からって、どうゆう事やねん…ニコ汗11年真面目に努めてきた社員にやで、そんな対応ってある??」

 

(夫は、もちろん落胆している感じでしたが、このような時、‟怒り”として感情を露わにしない性格です。)

 

何でもこのところ会社の業績が赤字だったようで、(まぁ、社員を大切にしないとそうなるでしょうね…)その為の人員削減だったようですが、突然解雇するなんて、大切な夫にそんなひどい仕打ちをした社長には、私ももちろん内心腹が立っていますイラッ

 

でも、夫婦共働きで子供はいませんが、フリーランスで不安定な収入の私には、それほど多くないとはいえ夫に安定した収入がある事はとても有難く、それに残業代をケチる会社の体質も、夫との時間を大切にしたい私にとっては好都合だったのです。

夫も、そんな会社への感謝の気持ちが無い訳ではなかったので、これまで辞めずに居れたのもありますが、そのやるせなさといったら如何ほどか計り知れないです、、、


しかし、話をよくよく聞いていると、明日から会社は行かなくていいけれど、5月末までは有給消化でお給料が貰える。入社当初から‟無い”と言われていた退職金もわずかながら直ぐに降りる様です。
法律的な事に詳しくないので、一見不当解雇のように思えますが、事前通達なしに解雇という所を除けば、自ら退職届を出すよりも好条件のような気も致しました。

 

また、法的に訴えれば、何らかの勝ち目が出るような気も致しますが、そうして嫌いなパワハラ社長とまた向き合う事になるのも気力を消耗しますし、嫌な思いを長引かせてしまう事になるのなら、そんなお金よりも、スッパリ忘れて次の道を探す方が良いという事で、二人の意見は一致しました。

 

 

 

 

 

そして夫くんに‟これまでお疲れ様”を言って、二人で乾杯しました。

 

私は、「しばらく家でゆっくりしたらいいよグッ安心して、私もお陰様で仕事忙しくさせて貰ってるしニコそうや、平日のお出かけも楽しもうねーラブラブ


と言って、この先の事を話し合うより、まずは夫の気持ちが落ち着くのを待ちたいと思いました。



母の肺癌発覚から、ほどなくして夫の解雇・・・

 

あ、そうそう、夫の解雇の日は、住宅ローンの申請が正式に降りた2日後の事でした。

 

もしかすると、不幸が立て続けに起こっていると感じられる方も多いかも知れません。

母や、夫の苦しみを思うと、感情的には‟不幸な出来事”かも知れないですが、大きな流れの中に居ることを感覚的に実感してきた私にとっては、これらの一件が、私達にとって将来的に‟必要な経験”であり、あらがえない神様の御意志と思えてならないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

続きます

 

 

 

ブログをお休みしていた間の、去年の10月からの出来事を時系列で綴っています↓